何日何日も続く雨。
そんなどんよりとした空を眺め。
いつ止むのだろうと誰もが晴れ間を待ちこがれた。
そして。
とうとつに何の前触れもなく。
雨がやんだ。
数日ぶりにようやく太陽と青空がその顔を見せたのだった。
雨で所々にできた水たまり。
その透明な水たまりに真っ青な空が逆さまに映りこみ、
木々の葉をつたう水滴がきらきらと輝く。
雨上がりの空気はとても清涼で、冷たい風が心地良い。
どこの家も窓が開放され、洗濯物が風ではためいていた。
待ちこがれた晴れ間にアスカ嬢はとてもご機嫌だった。
朝食を済ませ、ベランダに出て青空を見上げている。
「こんないい日はどっか行きたいわね 、お弁当もって」
「 うん。そうだね。でも・・。変だなぁ」
食器を拭きながらテレビを見ていた、エプロン姿のシンジが
不思議そうにつぶやいた。
「なにがよ?」
アスカは眉をひそめると、シンジの方に顔を向ける。
「ほらみて。晴れているのは第3新東京市周辺だけだよ」
「え?」
シンジの見ていたニュース画面へと目をやると、シンジの言ったとおりとおり、晴れているのは第3新東京市周辺のみで雨雲はここ周辺をのぞき、未だ健在だったのだ。
「へぇ、そういうこともあるんやなぁ」
行きつけの喫茶店に集まった、シンジ達面々 。 トウジは特大パフェを頬張っていた 。自称硬派のトウジ は甘い物とうまい物には目がない。だが、パフェは
「大勢の時しか頼めん 」
だそうだ。男ばかりのグループでもできない。男女混合のグループの時にしか頼めないらしい。
「へえ。そういうものなのかい」
「そーゆーものなんじゃい!」
同じように甘い物に目がないカヲルだが、そう言う感情はいっこうに理解できないらしく、
男だけのグループだけでも平気で食べてたりする。普通、男がパフェなど甘い物を食べていると違和感ばりばりのはずだが、カヲルの場合、不思議と絵になるのだ。やはり並はずれた容姿の持つ者は得だということだろう。
「この周辺だけっていうの、驚いたけど。晴れてよかったぁ。お洗濯ものがようやく干せるんだもの」
氷の入ったレモンスカッシュのグラスをカラカラさせながらヒカリは口元をそうほころばせた。
「まぁ、そう言うような事例って結構あるよ。有名なのはセカンドインパクト前の事例だね」
コーヒーをすすりながらそう言ったのはケンスケ。
「へぇ、どんな事例よ?」
やはりパフェを頬張りながら、そうのたまったのはアスカ嬢。
トウジと同じメニューとなったとき、
「あんた(おまえ)が変えなさい(かえんか)!!」
と一悶着あったが、それぞれがチョコとフルーツパフェを頼むことで落ち着いた。
でもトウジとアスカがおそろいのメニューと聞き、
「あたしもパフェにすれば良かった・・」
とヒカリが残念そうにつぶやいたのは、また別の話。ちなみにシンジはアイスコーヒー。カヲルとレイはあんみつセットである。
・・話を戻そう。
「確か、夏コミの時期だったっけ」
「夏コミって何?」
珍しく口を挟むレイ。まぁ、レイだけに及ばず、一般人にはまずわからないだろう。
「夏コミというのは毎年8月頃に開催される同人系コミックマーケットのことさ。今開催場所は有明だけど、当時は晴海だったんだ」
「さすがオタクケンスケ。妙な事に詳しいわね」
茶々を入れるアスカを無視してケンスケは続ける。
「その時期ちょうど台風の上陸と重なってね。当日は台風のど真ん中のはずだったんだ」「中止にならなかったの?」
シンジの言葉にケンスケはうなずく。
「ああ、前日くらいに急に進路変えてそれたんだよ。みんなあり得ない、奇跡って言ってたらしいね」
「うへぇ、オタクの念、岩も動かすってやつね」
驚嘆したように呟きをもらすアスカ。
「いつでもヒトの想いとはすごい物さ。時には奇跡をも起こす」
静かにお茶をすすりながらカヲルが誰ともなくそう言うと、肩越しに青々とした空を見上げた。
「もしかしたらこの晴れ間もそうかもしれないね」
かみさま、おねがいします。
いちにちで、いいです。
このあめをとめてください。
おねがいです。
いっぱい、いっぱい
てるてるぼうずをつくったのに
ちっともはれないんです。
にちようびに
ぼくのたったひとりのおねえちゃんが
およめにいくんです。
あおぞらのしたでけっこんしきしたい、っていってました。
ずっとあめばかりでみんながっかりしてます。
おねえちゃんもかなしそうです。
・・ぼく。
・・ほんとはおよめにいってほしくないけど。
おねちゃんがかなしそうなのはもっといやです。
すききらいしません。
となりのまーちゃんをもういじめたりしません。
・・ちょっとわがままはいうかもしれないけど、へらします。
だから、おねがいです。
にちようびは、はれにしてください。
「どこ行こうか?」
「そうねぇー、買い物に行こうか?レイも行くわよね」
「・・いいわよ」
アスカとヒカリの提案にさっそく不満の声を上げるトウジ。
「なんでわしらがそんなのにつきあわにゃならんのや?なぁ、シンジ」
「へ?ええと・・」
急に話を振られ、返事に窮するシンジ。間を入れず、アスカがむんずとその襟首を掴みににっこりと笑う。
「荷物持ちがいるのよ!か弱い女のコだもの。みんなでつきあってくれるわよねぇ、シ・ン・ジ」
「・・だって」
ははと苦笑いを浮かべるシンジにトウジは思いっきり肩を落とした。
「う、うらぎりもーん・・」
そのうしろで既にあきらめ顔のケンスケ。状況をわかっているのかいないのか、カヲルは相変わらずでニコニコしていた。
そしてショッピングに向かう途中。
鐘の音がどこともなく風に乗って流れてきた鐘の音にシンジ達は足を止めて聞き入った。
「あれ、どこからだろう・・?」
「「「おめでとう!」」」
「よかったわねぇ」
「幸せにになれよ!」
口々に祝福する参列者に幸せそうな微笑みを向ける新郎新婦。
参列者達の祝福の花のシャワーを浴びながらゆっくりとバージンロードを歩いていく。
そしてその新郎新婦を導くようにフラワーガールとボーイを務める幼いカップルが彼等を導いていくかのように 二人の前を歩いていた。
この日、若い二人の結婚式がその小さい教会にて行われ、参列は自由らしく、門は明け放開け放たれたれていた。
風に乗って花びらが舞う。
道を行き交う通行人の中にも足を止めて結婚式を見ている者もいた。
「うわぁ、結婚式よ。すてきねぇ」
その教会の門の前でヒカリがため息を漏らした。
シンジもまぶしそうに目を細める。
「今日、結婚式があったんだ・・。晴れて良かったね」
「いいねぇ。僕もこんな結婚式に参加したいな。にぎやかにごちそう食べたりして」
カヲルはポケットに手を突っ込んだままのんきにそう言ったのをあきれたようにアスカが口を挟んだ。
「あんた、それだけぇ?」
「・・綺麗。真っ白でとても、綺麗」
「・・レイ。あんた」
無感動かと思われたレイの意外な反応にアスカは目を見張ったが、ふと思い直す。
・・そっか。この子に感情がないわけではなかったんだっけ。知らなかっただけ。真っ白な、心の大きな赤ん坊みたいで危なっかしくて。いつの間に妹みたいに思ってた。でも女の子らしくなってきたわね、この子。なんか、寂しいな。この子は成長している。・・けどあたしは?あたしは成長しているだろうか?
「何?」
「べ、別に」
アスカはあわててレイから視線をそらし、教会の方へと目を向ける。
「ちょうどいい。記念写真でも撮ろうか。いい思い出話にもなるぜ」
ケンスケはうれしそうにカメラを取り出してそう言った。客を組み立て、いそいそと準備を始める。久方ぶりの晴れ間でいい写真が撮れそうだと、ケンスケ自身うきうきしていた。写真を撮って売るだけが彼の趣味ではないのだ。純粋に写真を愛してもいる。この絶好な場面に絵なりそうな被写体。すばらしい写真になりそうだと彼は感じていた。
「誰が一番早く結婚するんだろうね」
大きな瞳を新郎新婦に向けたまま、ぽつりとシンジがもらしたのをアスカは聞き逃さなかった。 シンジをちらりと横目で見ると唇をきゅうと噛む。
「さあね。あんた次第よ」
だが、その声は初夏の風にながされて、とても小さく、シンジに届いたかどうかは定かではない。
式が終わり、いよいよ花嫁のブーケトスとなった。
参列者の女性陣は我こそはと色めきたつ。
花嫁の腕が高々と青空に差し上げられ、ブーケがその手から放たれる。
とそのとき。
いたずらっぽい風がブーケをさらい、高々と舞い上げた。
悔し紛れの声を上げる参列者たち。
「あ・・。ブーケ!!」
ちょうどアスカの手の届くにところにブーケがきたので、
アスカは
「ブーケ!」
と勇んで手を伸ばした。
が。
ブーケは指先にはじかれ、なんとレイのもとへ落ちていってしまった。
降ってきたブーケを受け取り、まじまじと見つめるレイ。
「ちょっと、レイ!それあたしの!寄越しなさい!!」
「嫌」
アスカはブーケをとろうとしたが、レイは断固として離さない。
「あたしが先に触ったのよ?くれったっていいじゃない」
鈍感王シンジのためにもあたしがもらっておきたいのよ。
でもシンジの手前、そんなことは死んでもいえないアスカ嬢。
「レーイ・・」
「嫌」
一触即発。
だがブーケを取り合って押し問答する二人の間に割ってはいった命知らずがいた。
カヲルである。
ひょいとブーケを二人から取り上げると、なんとそれを二つに割ったのだ。
「はい、こっちはレイの分。こっちはアスカの分。半分こ」
「な、な・・」
せっかくのブーケを半分にされ、わなわなとアスカは肩をふるわせる。周りも呆然として静まりかえっていた。アスカの怒りが頂点に達しようとした、そのとき。
「・・ありがとう」
耳元のレイの小さい一言に我へとかえった。 アスカが顔を上げるとレイがうれしそうに頬を染めて アスカとカヲルを交互に見ていた。うれしそうにニコニコしているカヲル。邪気のかけらもない、そんな二人を見てアスカは急速に怒りが引いていくのをかんじ、ため息をつくとカヲルに向き直った。
「さんきゅ」
「どういたしまして」
とたんに周りから拍手がおこった。
恥ずかしそうに顔を赤くするアスカとレイの二人に本日の主役である新郎新婦が歩み寄ってきた。
「かわいらしい子達ね。あなた達にブーケを受け取ってもらえてうれしいわ」
「え?そ、そんな」
ほほえむ花嫁をあこがれのまなざしで見上げる二人。花婿は男性陣とヒカリの方へと歩み寄ると、もの珍しいそうにカヲルを見た。
「俺、初めて見た。ブーケ、半分にしたやつ」
「え?いけないんですか?」
カヲルがきょとんとした顔で問い返すのを、花婿は少し困惑気味に見つめて説明した。
「べつに、そういうわけじゃ、ないけど。幸せが半分になりそうだろう?」
だがカヲルはほほえんだ。
「幸せとは半分になるものではないと僕は思います。
ヒトそれぞれに幸せのカタチがあるものであって半分とかそう言う単位でみるものではないと」
「ふーん。それで君の意中は誰だい?あのふたりのどっち?金髪のコ?それとも銀髪のコ?」
「どっちだと思います?」
「んー、金髪の方?」
「はずれ、ですね。彼女を好きなのは・・」
そう言いかけてニコニコとシンジの方を見た。ふううんと目を細める花婿。
「な、なんだよ、ふたりとも。意味ありげに見てさ」
二人に視線を注がれて、あたふたするシンジを花婿はぽんと肩をたたいた。
「少年よ、青春は待ってはくれないぞ?押して押して、押しまくれ!!俺がそうだった!!」
「は、はぁ・・」
「はぁ、じゃない!いいか!女っていうのはな、待っているんだよ!男にぶげっ」
すぱーーん。
「なーに変なこと吹きこんでンのよ!!あんたはぁ!!」
軽快な音をたて、ハリセンで花婿につっこみを入れる花嫁。
「お、おまえ!!いつもそんなモン、持ってンのかよ!?」
「ホホホホ。あんたみたいな宿六と暮らすンだもの。いつも常備してるわよ」
「んなもん、もってくんなーー!!」
「おだまり!!」
げいいん。
鈍い音がして花婿が昏倒する。
「ふっ、ようやく静かになったわね。じゃあ、アスカちゃんにレイちゃんといったわね。幸せになりなさいよ」
花嫁はウインクすると花婿をたたき起こし、参列者の元へとひきずっていった。
引きつった顔で見送るシンジ、トウジとケンスケ。カヲルだけはいつものようにこにこしていた。
「ハイ、ヒカリ」
「わたしからも」
「いいわよ・・。せっかくもらったんだから」
アスカとレイからブーケを半分ずつ差し出され、ヒカリは悪そうに首を振った。
「なに、いってんのよ?あたしたち親友でしょ?」
「そう。もらってくれなきゃ嫌」
「あ、ありがとう・・。うれしい。」
二人の申し出に おずおずとブーケに手を伸ばすとヒカリはうれし涙を隠すかのように顔を埋めた。
結婚式の帰り道。アスカとシンジは並んで帰路についていた。あの後、6人は式のパーティーにゲストとして呼ばれ、パーティーに参加したのだった。アスカは足を止めると丘の向こうの教会の方向へと振り返った。
「あたしも教会がいいな。」
「・・うん。でも、アスカなら・・、和服とかも似合いそうだよ」
アスカの横顔を眺めながらシンジは消え入りそうな声でつぶやく。花婿の言葉が頭から離れない。
青春は待ってはくれないか・・。
でもまだ、いいよね?
この距離がこの空間がまだ心地いいから。
まだ自分に自信がないから。
そのときになったらきっと・・。
そのときまで待っていてよ、アスカ。
気づくとアスカがほほえんでこちらを見ていた。
「ね、あんたならどっちがいいの?」
「いい式だったね」
「そうね」
カヲルの言葉にレイはブーケに目を向けたまま相づちを打つ。
カヲルはそんな少女を優しいまなざしで見つめていた。
ふいに、くいとズボンの端を引っ張られ、カヲルは何事かと足下を見おろすと、
ズボンの端を掴んだでいたのはかわいらしい男の子。
新郎新婦のフラワーボーイを務めた男の子だった。
花嫁の弟だときいた。
カヲルはしゃがみ、男の子と目線を合わせた。
「どうしたんだい」
「ありがとう」
「え?」
男の子の言葉の意味がわからず、彼は首をかしげた。
「ぼくのおねがい聞いてくれて、あめ、とめてくれたんでしょ?てんしさま」
天使。
その言葉を聞いてカヲルは苦笑した。
「ちがうよ。僕は天使じゃない」
「どうして?てんしさまでしょ?だってえほんでみた、てんしさまそっくりなんだもの」
男の子はじっとカヲルを見た。
「きらきらしていて、きれいだもの。おにいちゃん。そしてあのおねえちゃんも」
そういうとレイの方も見やった。カヲルは静かに首を振った。
「・・ちがうよ。ほら、僕にも彼女にも羽がいないだろう?僕達は人間だよ」
「ちがうの・・?」
大きな黒い瞳がまっすぐにカヲルの紅瞳をのぞき込む。
「ごめんね、ちがうんだ。でも神様は君の願いを聞いてくれたみたいだよ?綺麗に晴れただろう?」
「うん・・。でもおにいちゃん、きれいだね。てんしさまみたいだ。ぼくのおねえちゃん、そういっていたよ。きれいなてんしがきたって」
あの豪快なヒトが?信じられないような気持ちで例の花嫁を思い浮かべる。
「そう。ありがとう。でも、もう戻った方がいいよ?お姉さんが心配する」
「うん、わかった。ばいばい、おにいちゃん」
カヲルは男の子の頭を優しくなでると、男の子はとことこと家族の待つ教会の中へと戻っていった。
心の中に灯る不思議な暖かさ。
ぜーレにいた頃には無かった感情をたくさん彼は知った。
その感情の中にはとても苦しいのもあったけど、彼は今に感謝していた。
「カヲル?」
「かえろうか?」
「ええ」
友人がいて。
仲間がいて。
家族がいて。
そしてその中に自分がいる。
愛する人がいる。
僕は一人じゃない。
みんなとつながっているのだと僕は感じる。
孤独な天使だった僕はもういない。
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