始まりはネオの言葉だった。






















休日






















「今日は良い天気だよ。外に出てお日様をいっぱい浴びてこよう♪」


ネオはそう言うと軽快なステップを踏みながら爪先立ちでくるりと回って着地した。ステラは喜んで手を叩いていたが、アウルとスティングは呆れた眼差しでこの奇怪なダンスを眺めていた。


「春になると頭のイカれた奴が出てくんのかな」
「しっ。仮にも上司だ。黙っておけ」


既に聞こえているのだから黙れもへったくれもないのだが、ネオは憎まれ口も愛のうち、とにこやかだ。


「ほらほらドライブの準備だ、久しぶりに4人で出かけよう」
「めんどくせぇ」
「ダメだなぁ、アウル。しっかりと光合成しないと背が伸びないぞ?」
「余計なお世話だっつーの!!」


頭をぐりぐりとなでまわす手を払いのけ、アウルはふくれっつらで睨みつける。その後ろで頭をなでられていた彼をステラがうらやましそうに見て居たことには気づいていない。


「さあっ、皆の衆!準備してしゅっぱぁーーーつ!!」


喜色満面の笑顔で遠いあさっての方向へとネオが指を高く掲げたところ、口元を一文字に結んだ副官が彼の首根っこをつかんだ。


「そうは問屋がおろしません」
「なんだいっ、せっかく・・・・」


唇を尖らせて抗議する子供っぽい仕草に副官は頭痛を覚えた。


この人はちゃんとしているときは優秀なのに、そのちゃんとしてくれている時間が少ない。


副官はため息をつくと机に乗った書類の束をネオに指し示した。


「お出かけになられるのでしたら書類の決裁を終わらせてからにしてください。この書類のほかにも被害報告、苦情処理、予算決議・・・・」
「ちょ・・・・今日でないといけないの?!」


とても今日で終わりそうにない量に絶句する上官に副官は無情にも首を振るとこれだけではないんですと世にも恐ろしいことを吐いた。


「ですから今日も使ってキリきり働いてくれないと締め切りに間に合わないんです!!」
「ひゃーーーっ!!一人じゃ無理っ」


書類の山を前に見る見る顔色を失いお手上げのポーズと共に逃げの体制をとったが、副官は逃がすまいと彼の軍服をつかんで離さない。


「それでもやっていただかないと!!」


きっと地の果てまで引きずられてでもこの副官は決して軍服を離さないであろう。それ以上にすがるまなざしを向けてくる。諦めたネオはゆっくりとスティングのほうを見やると、彼に懇願のまなざしを向けた。


「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」


しばしの沈黙。



「・・・・分かったよ。手伝えばいいんだろう」


スティングは肩を落とすと、両手を上げて降参の意を示した。
せっかくの休日だったのだが、このようにネオとスティングは急遽書類の処理となってしまった。




「・・・・というわけで今日はステラつれて街にでも行って来い」


収まらないのはアウルだった。


「またこのパターンかよ?!いい加減芸がないって言うんじゃないの、それって!!」
「それはお前が書類処理能力もやる気もないからだろーが。それともこの書類の山やるか?」


猫のように跳ねっ毛を逆立てて抗議をするアウルをスティングは涼しげな表情で受け流す。アウルがどうこう言おうが、ステラのお守り役は既に決定事項で覆されることはない。


「・・・・ちっ」
「お出かけ〜〜。わーい」


痛いところを疲れ、舌打ちして黙り込むアウルの後ろでステラはのん気にはしゃいでいた。







助手席にステラを乗せると、アウルは車を発進させた。塩気を含んだ波風がオープンカーに吹き付けてきて、髪を舞い上げる。
うっとおしいと感じられる風もステラにはなんでもないらしく、水平線の向こうの海に夢中だ。


とばっちり食らった人のことなど気にも留めないでのん気なヤツだ。今日は昼寝日和だったというのになんで僕が。


ぶつくさ文句をたれながら車を走らせてゆく。


「アウル、海、行かないの」


近づくどころか次第に後ろに遠ざかってゆく海に不満を覚えたステラが運転席に声をかけたが、返ってきたのは冷たい返事。


「海なんていつも見てんだろぉ」
「だって・・・・」
「あ〜、うっせ。黙って座ってろ」


まだぐずるステラに舌打ちをすると、アウルは出かける間際に聞いた街の話を話して聞かせた。


「ネオの話じゃ街で面白いモンが見れるって言ってたからそこへ行くんだよ」
「ネオ?」


ネオという単語に反応して大人しくなるステラに単純と呆れながらもアウルは面白くない気分に捕らわれた。

だが、それをステラに気づかれるのも嫌だ。

不愉快な気分を押し隠し、運転に注意を戻すとアクセルを踏みこんだ。





駐車場に車を止めると、アウルは助手席に回りこんだ。
シートベルトを外してやると、それを待っていたかのようにステラは車から降り立った。
石畳の道を珍しそうに見やりながらクルクルと踊りだす。


「アホ。ここで踊んな、アブねー」


道路に面した道だ。
車にはねられてはしゃれにならない。
アウルはステラの手を引くと先立って歩き出した。


延々と続く石畳の道。
周りは古風な建物に囲まれていて歴史を感じさせる。


「歴史の残る街」


ネオはそう言っていた。


「今日」しかない自分達に歴史など何の意味ももたないのに。

そう思いはしたものの、明らかに無機質な街とはちがう町並みの中に居るとなぜか懐かしくて。自分の過去は知らないけれど、もしかしたら似たような町にいたのかもしれない。そんなことを考えながら街を歩いた。


其の時、風に乗って小さな鐘の音が聞こえてきた。


「アウル!!」


ステラの声で顔を上げると、目の前に飛び込んできた光景に目をしばたたかせた。


チンチン。チンチン。


路上を走る電車、だった。
鐘を鳴らしながら街の中をゆっくりと横切ってゆく。
初めて見る光景にステラはすっかり興奮気味だ。
そしてアウルもまた、路面電車を見るのは初めてだった。


「ステラ、乗りたい!!」


アウルの袖を引っ張って路面電車の後を追うステラ。子供っぽいとは思ったけれど、自分もやっぱり同じ気持ちで。
ステラの手をとると彼も一緒に走り出した。


路面電車の停留場はすぐに見つかった。
路面電車はすべるように入ってくると、やがて止まって扉を開いた。

まるでバスだな。

アウルは誰と無く一人ごちる。切符を二人分買うと、ステラの姿を探してぐるりと辺りを見回した。先に乗り込んでしまったのかステラの姿がない。

チンチン。チンチン。

すんだ鐘の音を立て、電車が出発を知らせる。
慌ててアウルは電車に乗り込んだが、居るはずと思った電車の中にステラの姿がないことに気づき、慌てた。

一両しかない電車、見落とすはずがない。

そうしているうちに電車がゆっくりと動き出してしまった。


「アウルーーー」


どこからかステラの声が聞こえた気がして周囲を見回す。


「あうるーーーー」


また聞こえた。
間違いなくそれはステラの声で、その声は外から聞こえてきていて。慌てて窓を見やると乗り遅れたステラが電車と並走していた。


あのばか・・・・っ!!



アウルは後ろのデッキにかけこむと、すぐ近くをステラが息を切らせながら走っているのが見えた。電車のスピードはゆっくりではあったが、このままでは彼女は置いてけぼりだ。
アウルは本日何度目かの舌打ちをすると電車の手すりにつかまりながら身を乗り出してステラのほうへと手を伸ばした。


「この馬鹿っ、つかまれ!!」
「うんっ!!」


アウルの手を目指してステラは地をけった。

伸ばされる手。

その手をつかもうと、更に身を乗り出してぎりぎりのところでステラの手を捕らえる。

片足をデッキのヘリにけりつけて反動を作ると全身のバネと力でステラを引っ張り上げるとぽすんという軽い音を立ててデッキに二人は転がり込んだ。

尻餅をつき、背中をしたたかに打ち付けたが、アウルは腕にしっかりとステラを抱えていた。


「う〜〜〜」


痛みにうめき声を上げるアウルをステラが心配そうに腕の中から見上げた。ゆっくりと起き上がって彼女を開放すると早速怒鳴りつける。


「この馬鹿っ、どこでもたもたしてたんだよっ」
「うん・・・・この電車をね・・・・よく見たくて」


彼女はどうやら物珍しさに電車の周りをうろうろしていたようである。呆れて大きく息を吐き出しても、ステラは悪びれた様子も無く、ニコニコと付け加えた。


「でも・・・・アウル、ステラ置いていかなかった。助けてくれた」


嬉しいとたどたどしく笑う。
先ほどの事は楽しかったとでも言うような太陽の笑顔。

アウルはそんなステラをそれ以上怒る気にもなれず、それどころか彼女に振り回されてばかりいる自分が滑稽にさえ思えてくる。

いちいち怒っていては身がもたないし、何よりもつまらない。

せっかくの休日、状況を楽しむしかない。

そう悟って笑うと、こつんと軽くおでこをあわせた。




「気をつけろ、この馬鹿」
「・・・・うん」


自分を映し出す、ステラの大きなすみれ色が瞬きをする。その輝きに誘い込まれるようにアウルは唇を重ねた。




世間も休日だったこともあって席ほぼ満席で二人が一緒に座れるスペースは無く、アウルはステラを自分の前に座らせると、自分はつり革につかまった。


「アウル、座らないの?」


ステラは不思議そうな眼差しで見上げてくる。


「座れないんだよ、見れば分かんだろ」


あいていたとしてステラから離れて座るわけには行かない。
目を離したら何をするか分からなくて怖いからだ。

ステラはしばらく何か考えていたが、良い事を思い立ったというようにすみれ色を輝かせた。


「アウル」
「あん?」


つり革にもたれかかったアウルは今度は何だ、とステラを見下ろすと、彼女は自分の膝を軽く叩いて見せた。


「ここ」
「は?」


嫌な予感がしてアウルは口元を引きつらせた。


「ステラの膝に座れば、いい」


やっぱり!!


周囲が噴き出したのが手に取るように分かった。
あまりの恥ずかしさに頬どころか顔が真っ赤になる。
怒鳴りつけてやりたかったけれど、向けられてくるキラキラとした期待の眼差しにアウルはためらいを感じて視線を泳がせた。


「アウル」


袖を引っ張ってくるステラへの反応に困り、途方にくれる。



「いや・・・いい」
「どうして?」


「立つのが好き・・・・だから。うん、そーゆーこと」


言い訳にならない言い訳だったが、理解してくれたのかステラはそれ以上何も言わずに、流れてゆく景色に目を向けた。
だが。
時折向けられてくる彼女の心底残念そうな眼差しがアウルにはひどく痛く感じられた。


街が流れてゆく。
それは春の緑や木漏れ日、地平線から覗く海の輝きを伴ってキラキラと輝く。
吹き込んでくる、塩の匂いが混じった春の風。
澄んだ電車のベルがなるたびに振り返る街の人々。
穏やかで美しい街。

まるで外で戦争なんかないように思えてしまうけれど、自分達が存在するということはやっぱり外は戦争で。

それが少し、哀しい。

チンチン。チンチン。

電車の鐘がまた鳴った。
自分の前に座るステラが首を伸ばして駅だよ、とアウルの裾を引っ張る。


「もう少しこのまま行こうぜ」


もう少し窓の風景を見ていたい。
風にあたっていたい。
そんなアウルにステラはうなずくと、彼と同じ方向に目を向けた。


自分たちは戦争の中でしか生きられない。

だけど。
だけどこんな穏やかな時間もある。
自分達は決して不幸なんかじゃないと、思う。
少なくともステラは笑っていて、自分の傍にいて。
スティングとネオも居る。


・・・・それでいいじゃん?


アウルは流れてゆく景色に目を向けたまま微かに笑った。
















あとがき

休日のお題、アウステ。ステラに振り回されるアウル。少しお母さんぶりたかったステラ。最後は少しシリアスでしたが、ちょっとした休日のアウステでした。
路面電車は文化財の一つとして各国で復活して行っています。アウルの時代でも残って居ると思うんですよね。イメージとしてはサンディエゴかサンフランシスコの田舎町・・・・・です。