逢いたい人
<アウル>
ゆらりと白いカーテンが揺れた。
ベランダから入ってきた秋風が絨毯の上でうつぶせに眠る幼子の頭をなでては去っていく。
さらりさらり。
幼子はくすぐったそうに父譲りの蒼い頭をゆするとまた寝息を立てはじめた。
足元にまでずれたタオルケット。
これでは風邪をひてしまうだろう。
だが周囲に人の気配はなく、タオルケットを正す者はいない。
・・・・いない、はずだった。
どこともなく現れた少年の手がタオルケットを幼子の首下まで引き上げ、トントンと軽く彼をたたき。
そして。
また別の白い手が現れ、幼子の髪をそっと撫でた。
知らない気配に幼子はうっすらと目を開ける。
飛び込んできたのは紅葉と同じ緋色と。
母と同じ金。
幼子は見慣れた色に安心した笑みを浮かべると再び双眸を閉じた。
「おーい、チビ。そろそろ起きろー」
幼子の若い父親が階段を上ってきて部屋を覗き込んだのはそれから間もなくのこと。
視界に映った光景に彼は驚きに息を呑んだ。
眠る我が子をあやすようかのように顔を覗き込んでいた二つの影。
緋色の少年。
そして。
金の髪の女性。
忘れもしない。
忘れられない、大切な面影。
彼らは立ち尽くす幼子の父親に微笑むと跡形もなく、掻き消えた。
昼と夕方の気温差の著しくなる秋彼岸の出来事だった。
アウルの『逢いたい人』は先輩でもあり、そして最初の友人でもあったクロト。
もう一人は「母さん」
もし生き延びて。
子供が生まれていとしたら、きっと真っ先に彼らに見せたかったのだろうなぁと思います。
逢いたい人
<ステラ>
地上を照りつけていた夏が別れを惜しむかのようにその跡を残して去りし日の夕方。
金の髪の少女は我が子を抱いて夕涼みをしていた。
リーンリーン。
聞こえてくるのは鈴の音を思わせる、虫達の合唱。
その声とはまた違う鈴の声で。
それでいて虫たちに負けない響きで。
少女は腕の中で眠る我が子にポツリポツリと子守唄を歌う。
ふと気付くと。
あれほど鳴いていた虫の音がいつのまにか途絶え。
ひとつの気配が音もなく、後ろに生まれた。
その懐かしい気配に少女は微かに微笑む。
『幸せ?』
背中に投げかけられた、気だるげだけれど優しい一声。
少女は背を向けたまま、そ声に小さくうなずいて見せると、背後の気配は微かに笑い。
現れたときと同じように音もなく消えた。
リーンリーン。
そしてその後には。
何事もなかったように虫達の声が響いていた
ステラはシャニ。
ステラにとってのシャニは同じ空気の中で共にすごし、共にいるのが当たり前だった、いわば半身だった存在。そして初恋の君。
子供をあやすステラを邪魔しないようにと現れて、幸せなステラを見て安心して帰ってゆく。内心複雑かもしれないですけれど、それ以上に彼女の幸せを願うのがシャニだと思いました。
閉店という看板が下げられ、静まり返った店内で主である青年が一冊の単行本をめくっていた。
青年の金の瞳はその活字を言葉無く追い。
ぱらりぱらり。
時折本をめくる、乾いた音だけが聞こえてくる。
その本は色あせ、擦りきれ。
幾度と無く読み返した後があった。
『んな本、おもしれーのかよ。ただのジュブナイルじゃねーか』
何の前触れも無く、自分の横に生まれた声に青年は顔を上げた。
だがその表情には驚きは無く、むしろ彼を待っていたかのように笑みさえ浮かんでいた。
「やっぱり来てくれたんですね」
『予想通り、てヤツか?ムカつく野郎だな』
無人だったはずの店内に現れた金の髪の少年。
緑黄の瞳に強い光を湛え、彼の隣に腰掛けていた。
「この本は」
店主は金の瞳を上げ、まっすぐに客人を見返す。
「あなたから借りたものです」
そう言うと、その本を差し出した。
だが金の髪の少年は頬杖をつくと、いらないといわんばかりに手をひらひらさせた。
『んなものより大事なもん、思い出せたか?』
「それは俺のセリフです」
『やっぱりヤな野郎だ、てめぇは』
顰められた金の眉とは裏腹に微かに持ち上がる口端。
一つ瞬きすると彼はまた青年を見やって一言告げた。
『・・・・自分を大事にしろよ』
緑黄の瞳に彼を案ずる色が揺らめく。
大事なものも思いやるのも良いだろう。
護ろうと命を賭けるのも良いだろう。
だが自分も労れと。
青年が忘れかけていた、大事なこと。
少年が言いたかった大事なこと。
「分かっています」
青年の目頭が熱くなり、声が震える。
そんな彼に満足したように笑みを浮かべると少年の輪郭はゆっくりとぼやけていき。
やがて霧のように消え失せた。
窓の開いていない室内で風に煽られたかのように本のページがぱらぱらとめくれている。
壁に掛かっていた古時計が真夜中の0時を知らせていた。
スティングはオルガ。
オクレ兄さんには実は管理人の設定した過去がありまして。双子の弟と幼馴染の女の子を連合に殺されていて、その記憶はあまりにもつらすぎるから自分の中に深く封じ込めてしまってます。その二人にアウルとステラを重ねて何がなんでも守り抜こうとするわけですが、そのために自分を犠牲にしがちなスティングを心配してオルガが来るというわけです。
アウルにもステラにもいえない過去の傷。
それがスティングとオルガのつながりでもあるという。いずれ書きたいなぁと思ってます。
逢いたい人
<アスラン>
遠くで誰かがピアノを弾いている。
アスランは夢うつつにその音色を聞いていた。
淡緑の少年がかつて弾いていたピアノ。
優しくて眠たくなるような、柔らかな旋律。
それはまるで演奏者そのものだった。
今度の演奏は寝ないように気を付けるよ。
アスランはかつてその少年にそう言ったことがあった。
その約束が叶うことも。
かなえることも永遠に出来なくなったのだけれど。
『アスラン、お元気ですか?無理はなさっていないですか?』
流れる旋律の中、少年はそう問いかけてきた。
ああ、俺は元気だよ。お前は?
もうこの世にいないはずの少年にそう言うのもおかしな話だとは思ったけれど。
でもこの光景を見ていると昔に戻ったような錯覚にとらわれる。
『時は戻りませんけれど、前には進めますからね』
まるでアスランの心を読んだかのような少年の言葉。
細い指先が鍵盤の上を滑るように動いている。
『後悔はありましたか?』
少年の問いかけにアスランは苦笑した。
たくさんしたさ。
その度に自己嫌悪意にも陥った。
そのくりかえしだった。
『でもその度に一歩進めて行けたのでしょう?』
ピアノの音が止んだ。
少年は鍵盤から手を離すと、こちらを見た。
その顔には昔と寸分変わらない、柔らかい笑み。
「・・・・ああ。そうだな・・・。そうだった・・・・・」
懐かしさに視界がゆがむ。
そんなアスランに少年は困ったように首を傾けた。
『そんな顔しないでください。僕は幸せでした。アスランがいて、みんながいて』
ぽーんとピアノが鳴る。
『沢山後悔することもあったけれど、あのことは後悔していません』
あなたを守れたのですから。
少年はきっぱりとそう言ってのけた。
そうか。
有り難う。
お前がいたから、今の俺がいる。
だから今の俺がお前に出来ること。
「精一杯生きるよ」
前を見て歩いていくよ。
その言葉に淡緑の少年はようやく安心した微笑を浮かべた。
同時に。
周囲の風景がすごいスピードで流れ出し。
少年の姿が急速に遠ざかっていった。
『・・・・・!』
何かを言っている。
が、遠すぎてそれはアスランの耳に届かなかった。
ただ分かったのは。
少年が笑みを浮かべていたということだった。
アスランが目覚めたときは夜は既に更けていて。
机のスタンドだけが辺りを照らしていた。
そしていつの間にか掛けられていたのか。
肩には上着。
きっと彼女が掛けてくれたのだろう。
彼が起きないようにきっと、忍び足で。
その情景が浮かび、口元がほころんだ。
「今日はもう休むか」
彼は机の上を整頓すると立ち上がった。
そして机のスタンドライトを消すとき、
ふと机上の写真立てに目がいった。
アカデミー卒業式の写真。
皆思い思いの表情で写真に収まっている。
メンバーの約半分は既にこの世にいない。
戻らない仲間達。
戻らない日々。
けれど遺された者は前に進むしかない。
その事が彼らに対するせめてもの手向け。
アスランは写真に微笑むと、スタンドの電気を消した。
アスランとニコル。
まだダイジェストや小説でしか見てませんが、兄弟のような関係だったと感じました。
まるで実の兄弟、いえそれ以上の絆。
ニコルはどこまでもアスランを信頼して慕い。
キラのことで孤立しがちだったアスランにとって心の拠り所だったのではないかと思います。
ニコルはとても悲劇的な結末を迎えてしまいましたが、彼は一片たりとも後悔はなかったと思っています。
ニコルが望んだこと。
それはアスランが前に進むことですから。
逢いたい人
<シン>
「ん?」
幼い少女の声を聞いたような気がしてシンはパソコンから顔を上げた。
だがここは彼の部屋で他に誰もいない。
ルームメイトであるレイは墓参りに行っていて不在で辺りは静まり返っている。
気のせいかと思い、彼は再び報告書の作成に戻った。
『お兄ちゃん』
今度こそはっきりと聞こえてシンは驚きに顔を上げると彼を見おろす紫の瞳と目があった。
『お兄ちゃん』
「あ・・・・あ・・・・」
少年の紅玉が揺れた。
大きな紫の瞳。
二つに束ねられた栗毛。
華奢な肩。
忘れもしない、大切な存在が記憶のまま姿で彼の机の前に立っていた。
「マ・・・ユ・・・・?」
彼の声に少女は満面の笑みで応えた。
『遅くなったけれど、お誕生日おめでとう』
ぽたりと落ちた透明な雫が机を濡らした。
「・・・・やっと来てくれた」
嗚咽を漏らすシンに少女は困った顔をした。
『マユもパパもママもいつだってお兄ちゃんの傍にいたよ。お兄ちゃんはそれに気付かなかっただけ』
怖い顔して哀しいことばかり考えていて。
マユ達のことが見えていなかったと少女は言った。
だが直ぐ笑顔に戻ると付け足した。
『でもお兄ちゃん、変わったから』
「変わった?」
瞬きをする兄に少女は頷いて見せた。
『うん。とても穏やかになった』
「そっか」
誰のおかげか。
その言葉に沢山の顔が浮かんだ。
大事な存在。
中には気にくわない顔もあったりするけれど。
シンはくすりと笑った。
「なんか随分遠回りしてきた気がする」
『しすぎだったよ』
すまし顔でそう言う妹にシンは苦笑した。
『お兄ちゃんはもう大丈夫だってパパ達が言ってた。
それでも心配で見に来たけれど大丈夫みたいだね』
「そうでもないよ」
まだまだ足りない所がある。
それに。
大丈夫だと言ってしまったらもう少女に会えない気がしたから。
『何言ってるのよ、赤服なのに』
だがそれは少女にはお見通しだったようだ。
呆れたように溜め息をつく少女にシンは頬をふくらませた。
「うるさいなぁ。赤服にも色々あるんだよ」
『そっかぁ』
シンと少女は顔を見合わせて笑った。
こうしていると昔と変わらないみたいだった。
けれど。
あの日から幾年もたっていて。
全く姿の変わっていないマユを見るとやはり自分たちの間には大きな隔たりがある。
それはとても悲しい事。
でもそれは徐々に過去になりつつある。
懐かしむ事はあっても憎しみとらわれる事はなくなったから。
『もう行くね』
「もう?」
残念そうなシンに少女も名残惜しそうに頷く。
『うん。また来年会えるよ。それから』
「それから?」
『うたた寝していると風邪引くよ』
少女はそう言うと笑った。
くしゅん。
シンは自分のくしゃみで目が覚めた。
辺りを見回すと、レイはまだ帰っていないらしく、部屋はひっそりとしていた。
「夢・・・・?」
シンは鼻をすするとひとりごちた。
さっきのが夢だったとしてもそれは泣きたくなるくらい暖かい夢で。
昔の思い出と変わらない、元気なマユがいた。
それで十分だった。
心に灯った暖かい火。
シンは傍らに置かれたピンクの携帯に微笑むとまた報告書の作成に戻っていった
。
シンが誰よりも逢いたいと望む存在。
マユはきっととても悲しんでいたと思うんですよ。
プラントに渡ってからのシンを見て。
携帯からの写真や思い出を見る限り、
彼女は幼いながらもしっかりものでシンを引っ張っていたと思うから、余計。
アニメのラスト以降、いろいろ大変な事が待っているだろうけど、
シン、君には明日がある。
つらいだろうけど、生きてるんだから。
前を見ていこうね、シン。
その願いをこめて。