「これはどういうわけだ?」
「うーむゆりかごの故障のせいでしょうか?前代未聞のことですね」


ネオと研究員がのん気にそのようなことをしゃべっている。
スティングは頭痛のする頭を抑えながら自分の後方を見やった。


「離せ、馬鹿ステラ!!」
「うふふ・・・・アウル可愛い・・・・」


ステラの腕の中でじたばたと暴れる蒼い頭の幼児。
容姿からして口調からしてアウル本人なのだが、どういうわけか、3〜4歳くらいの幼児となってしまっていた。
きーきーと文句を言っているがステラはお構いなしに彼の頭をなでている。子供の腕力ではステラにかなわず、されるがままのアウルは心底悔しそうに叫んだ。


「体はちっこくなっても心はそのまんまなんだよっ!!チクショー、屈辱だっ!」


はあとため息をついてスティングは上司であるネオに向き直った。このままではアウルはアビスにのって戦えない。
手足が短すぎて操縦桿はおろか。
ペダルにも足が届かないからだ。


「治るのか、ネオ?」
「そーだよ!って頬ずりやめろ、ステラ!!」
「あうる、ぷにぷにしてて柔らかい・・・・ 」


なんとうらやましいとスティングは密かに思いながらもそれを悟られまいと表情を引き締めて上司を見やると、同じく緩みきった顔をしていたネオも慌てて咳払いを一つするときっぱりとこう告げた。


「分からん」
「「へ?」」
「アウル、今日はステラがシャンプーするね」


ネオの言葉に目が点になるものが約二名。
相変わらずマイペースな者が約一名。

カタカタと小さな体を震わせてアウルは鸚鵡返しにネオの言葉を繰り返す。


「わからん・・・・?」
「はっはっはっ。ま、そうなっちゃったものは仕方ないし、また人生をやり直してみるってのも面白いぞ?何事も前向きに生きよう!!」


ネオの能天気なせりふにアウルの中の何かが音を立てて崩れた。


「ふざけんなーーーーーー!!」


「アウル、あんまり暴れちゃ、ダメ」

「やれやれだぜ」















玩具














「なんだよっ、みんなニヤニヤ面白そうに笑ってさ!人事だと思って!」

アウルのご機嫌を直そうとネオが特別に用意した、自分の顔が隠れるほどのチョコパフェを前にアウルはまくし立てた。当然治るかどうか分からないと言うネオの言葉通り幼児のままの姿だ。
スティングは彼の向かい側の席でコーヒーをすすり、ステラは隣でフルーツパフェを突っつき、アウルが騒ごうが慣れた様子で静かに自分の時間をすごしている。
二人に相手にされず、一人怒鳴り疲れたアウルはぶつぶつ文句をたれながら自分のおやつに手を伸ばした。


「あったまくるよな、あの無能!!・・・・あ」


が。
届かない。
パフェに手が届かないのだ。
カチカチと当たるのは背の高いパフェの入れ物。
アウルが精一杯腕を伸ばしてパフェにスプーンをさそうとしても、
手が短かすぎてどうしても届かないのだ。
たちまちアウルのマリンブルーがつりあがった。


「パフェまで僕を馬鹿にして!!」
「八つ当たりはやめねーか。ガキみてーだぞ」


テーブルをひっくり返しそうな剣幕にさすがのスティングも彼をなだめにかかったが、彼の言葉は更にアウルの怒りを煽っただけだった。


「はっ、どーせ僕はチビのがきんちょだもんね!図体のでかいスティングに僕の気持ちが分かるもんか!!」
「アウル、はい」


横から差し出されたスプーンにアウルは怒りを引っ込めて目をぱちぱちさせた。目前のスプーンの上には山盛りのチョコパフェ。


「アウルはステラが食べさせてあげる。あーん」
「う・・・・」


アウルは黙りこくってちらちらとステラとスティングを見やった。
ステラはニコニコと純粋な笑みを浮かべ。
スティングは揶揄するような笑みを浮かべている。


おやつを取るか。
プライドをとるか。


今にまさに究極の選択(今のアウルにとっては、だ)
だが。


きゅるるる・・・・・。


「・・・・・」
「あーん」
「・・・・・・」
「あーん」
「・・・・あ・・・・ん」


ぱくりとステラのスプーンを口にするアウル。
腹の虫と共に彼のプライドがもろくも崩れ去った瞬間だった。

そしてその後のアウルといえば、すっかり彼をおもちゃかペットと認識してしまったステラの暴走の餌食となっていた。


「わぁ、ぷにぷに・・・・」
「ヒテテテ、ほっぺを引っ張るなよっ!!」
「アウルー、このネコの着ぐるみ着て寝ようね」
「ざけんなっ!・・・・うぎゃぁ〜〜〜、助けてスティングぅ!!」


次の日。
昨夜ステラに散々おもちゃにされたアウルは鼻息荒げにネオの執務室に飛び込んできた。傍らになにやら黒い物体を重そうに引きずっている。


「馬鹿ネオっ!!今すぐ戻さねーとその仮面に風穴開けてやるうっ!!」


アウルはうんしょっと言う掛け声と共に黒い物体、マシンガンを両腕で抱えあげるとネオへと向けた。
ところが。


「うぎゃっ!?」


その小さな体はマシンガンの重さに耐えられず、アウルはその下敷きになってしまった。あまりの重さにじたばたもがくその姿にネオは書類から顔を上げて笑った。


「なにやってるんだ?新しい遊びか?」


慌てて飛び込んできたスティングにアウルが救出されたのはそれからすぐ後のこと。
ちょろちょろ動き回るアウルを保護し、彼を追い回すステラを牽制するためにスティングはアウルを抱え上げ、彼に肩車をした。


「ほれ、肩車してやるからおとなしくしてろ。今ネオが調べてくれてるんだからな」
「・・・・・」


ガキ扱いするなと怒鳴りつけようとしたアウルは自分を見下ろす者の存在が少なくなったことにやや満足感を覚え、満悦の表情を浮かべた。天井がだいぶ近くなり、あのむかつくネオよりも高くなったのだ。キシシと忍び笑いをもらしていると自分に手を伸ばそうとするステラに気づき、慌てて足で彼女を牽制した。


「あ、コラ!!近寄んな、馬鹿ステラ!!シッシッ!」!」


当然ステラは面白くない。


「スティング、邪魔しないで・・・・」


アウルに手が届きにくくなった原因のスティングをややきつめににらみつけた。


「睨むなよ、ステラ。頼むから」


スティングとしても妹分も可愛い。
だが自分の頭上で自分に必死にしがみつく弟分を彼女に渡すわけにはいかないのだ。


「今降ろすなよ、スティング!!僕がこいつの餌食になっていーのっ!?」
「アウル〜〜〜」
「あっち行けっつーの!!」
「やれやれだぜ」


弟分と妹分の間でスティングは困ったように深くため息を付いた。




「ま、ちょうどいいところだった。アウル、お前に侘びとしてこれをやるぞ。じゃーん♪」


仮面越しからでも分かる愉悦の表情でネオはアウルの前にご機嫌取りのアイテムを披露した。
かけられていた布切れが取り払われると彼らの目に飛び込んできたのはネイビーブルーのおもちゃの車。


「車・・・・?」
「車だな」
「・・・・・?」


アウルはじーっと自分のパーソナルカラーに塗られたおもちゃの車をしげしげと見つめた。
アウルの体がすっぽりと収まる足こぎ式の車。
幼児用のおもちゃである。
なかなか高価そうなそのおもちゃは経費はもちろんブルー・コスモス持ち。
余計な経費を・・・・ときっと彼の副官は嘆いている事であろう。


「気に入ったか?」
「こんなもので僕が喜ぶと思っての?ばっかじゃねー?」


澄ました顔でそうは言ってるものの、アウルの手はしっかりとその車をつかんでいた。


「(何だかんだ言って自分が一番享受してんじゃねーか)」
「わーかわいいー」


頭痛を禁じえないスティングの兄貴とひたすら喜ぶアウルとステラだった。





部屋まで持ってきたもののアウルはそれに乗って遊ぶ決心が付かず、ひたすら車の周りをうろうろとしていた。
生まれてこの方おもちゃと言うものはもらったことはない。
いつも手にしていたのは人を殺す道具。
しかも今は姿は子供といえども子供ではないのだ。
だが乗ってみたくてうずうずしているのも事実。


「乗ってみたらどうだ?」
「う”〜〜〜」
「・・・・もっと広いところ持って、いこ・・・・?」


有無言わさずアウルを引きずってゆくステラをなんとなくとめにくく、スティングは仕方なく彼らの後に続いた。



キーコ、キーコ。


「あはははっ!!」


クスクス笑いながらステラはアウルの車のあと押しをすると、
スピードの上がった車にアウルは大きな瞳をきらきらさせて喜ぶ。


「ステラ、あんまり押すなよ」
「うん、分かった」


喜びに表情を輝かせる二人の姿にスティングは金の瞳を細めた。形はどうであれ、仲のいいことはいいことだ。あとはネオがアウルの元に戻る方法さえ見つけてくれればいいい。何も問題はないのだ。
そう、思っていた。


が。
恐ろしいことは次の日に起こった。


「あぅー、スチングーかたぐりゅまー♪」


朝起きたアウルは姿だけではなく、更に心まで幼児化が進んでしまっていた。アウルを抱え、血相を変えてネオの元へ駆け込んできたスティング。不思議そうな顔をしてその後をついてきたステラ。
早速検査を受けたが原因は不明。
研究員たちの話によると。


「幼児化を受け入れてしまったせいではないでしょうか」


ということだった。


「おい、元に戻るんだろーな?」


しきりにおんぶー、肩車ーとまとわり付くアウルの頭をなでてやりながらスティングは刺すような眼光でネオを睨みつけた。
当然ネオは。


「分からん♪」


あははは−と笑うとさわやかに歯を輝かせてそう言い切った。

同時に。

スティングの堪忍袋の緒がものすごい勢いでぶちきれた。
ゆらりと立ち上がると殺気満ちた表情でネオの執務室に置いてあった軍旗を引き抜く。
その様子に冷や汗をたらしながらネオはなおも笑う。


「いやぁ暴力はダメだと思うな、俺は」


ひゅん。

空を切る音と共にネオの前髪が寸断された。
ぱらぱらと金色の糸がカーペットに落ちる。


「・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・は・・・・は・・・・」
「・・・・・・」


さすがに身の危険を感じたネオは引きつった笑みを浮かべると脱兎のごとく部屋を飛び出した。そのすぐあとをスティングが追う。
しゅんと、空気の抜ける音と共に二人の姿は扉の向こうに消え、あとにはアウルとステラが残された。
しばしの沈黙。


「ふ、ふぇ・・・・」


自分が置いてけぼりを食らったと思ったアウルが心細げにべそをかき始めた。その姿はもはやいつもの生意気なアウルではなく、幼子そのもの。


「・・・・アウル・・・・?」


さすがに彼が可愛そうになったステラは彼を抱き上ようと手を伸ばすとアウルも其れに気づいたらしく涙をためた蒼い瞳を彼女にむけ。


「すてりゃぁ〜〜〜〜v」


小さい腕を広げて、輝かんばかりににぱぁっと笑った。
その表情にステラはなんともいえない感情に襲われるのだった。



「あっはっはっ〜〜〜、よかったなぁ、なんとかなりそうで」


研究員たちからアウルを戻せるかもしれないと報告を受けたネオはすっかりたんこぶとアオタンだらけだった。そんなネオを苦い表情で睨みつけるスティングが手にしていた軍旗はへし折れ、旗はぼろぼろで、その状態から今までの鬼ごっこは相当すさまじさを語っていた。
アウルとステラの事となるとまるで見境のなくなる強化人間、スティング・オークレー。


長生きをしたければアウルとステラに手を出すな。


こののち、連合の間では其れが暗黙の了解となったと言う。


「早速ゆりかごに入れようと思うのですが・・・・アウル・ニーダは・・・・?」
「はて、どこ行った?」
「あ」




「あーん」
「あーーーん」


みながアウルを探して大騒ぎになっている頃、ステラの自室では
幸せそうな笑顔を浮かべたステラがスプーンでアウルに食事を運んでやっていた。


「おいしい?」
「うんっ!!」
「ずっと一緒にいようね・・・・?」
「うんっ」




「おーい、どこだぁーーー!?」
「戻れるぞぉーアウルーーー」




こんふうに。
すっかりアウルに感化されたステラと餌付けされたアウルを引き離すまでに相当なけが人が出たとかでなかったとか。











ちょっとしたアウステパロ。
こういうのもありじゃないかなと明るいものを。
放送終わってしんみりしたのよりこういうのが書きたい心境でした。
アウルは甘えん坊だから心の壁と言うのがなくなったらこんな風に甘えるんじゃないかな・・・・。そしてステラはひたすらおもちゃのように可愛がり、兄さんは頭痛を抱えると。

ここまで読んでくださってありがとうございました。