どんな形であれ、俺は君が幸せであればそれで良いんだ。
 君があいつの傍を望むのなら君の背中を押してあげる。
 笑って君を見送るよ。
 大好きな、君だから。
 誰よりも君の幸せを願っているのだから。
 君が笑顔でいてくれるのなら、俺はそれだけで幸せな気持ちになる。
































  愛おしい君に
       
     笑顔を

























 ジューンブライド。
 ヨーロッパの6月は1年中で最も雨が少なく、良いお天気が続く季節ではあるが、日本の6月は梅雨の真っ最中だ。
 この時期の花嫁は天気予報に一喜一憂する。

 雨の続く日からようやく晴れ間がのぞき、絶好の婚礼日よりだと皆が喜んでいたが、ステラは、ぼんやりと教会の間から空を眺めていた。


「ステラおねえちゃん、マユの本当のお姉さんになるんだね」


 ピンクのドレスの裾をなびかせ嬉しそうにマユが笑う。


 「バージンロードか・・・・緊張するな」


 首元をネクタイにふれながらステラの父がそういうと、


「途中で転ばないでね?」


 とマユが首もとのネクタイを直す。
 ステラの父が礼を言うと二人は顔を見合わせて笑いあった。
 その様子を遠くから静かに見ていたレイが微動だにしない妹を気遣って彼女の傍へと寄る。


「緊張しているのか」
「・・・・シンは・・・?」


 だがステラの目は外に目を向けられたまま。
 レイは彼女の様子にわずかに眉をひそめたが、控え室だろうと短く答えた。
 彼女がそうなっている理由は分かっていた。
 遊園地で機嫌を直したのはつかの間で、試着の日からステラは押し黙ったまま部屋に閉じこもる事が多くなった。
 式を済ませて一緒に暮らすようになれば、あの少年の事は忘れるだろうと無理やり自分を納得させ、レイはその場を離れた。


「一つの賭け・・・・だね」


 ステラの後ろに控えていた紅いドレス姿のルナマリアがポツリとつぶやいた。ひそやかに、誰にも届く事の無い声で。




 シンは周囲から祝いの言葉を受けながら柱時計を見やった。
 式は午前10時。
 親しい友人、そして親戚だけを招いた小さな式で今日、ステラとこの教会で未来を誓い合えば夫婦となれる。
 内縁、という形にやや抵抗はあったけれど、周囲に押され、自分もそれに流される形となった。
 否、形はそうであれ、自分も望んだ事なのだ。
 ふとあの日からこの式当日まで姿は見せていない、ステラの恋人の事が浮かんだ。その事を安堵を覚えると共にあの少年に裏切られた気持ちがあった。


「根性ないよな」

 
 侮蔑をこめて吐き捨てた。
 奪い取る気が無いのならばステラはもらう。
 彼女は自分が幸せにする、そう固く心に誓った。
























 無数の白い鳩が飛び立った。
 厳かな音楽と共に白いウェディングドレスのステラが付き添いの父親に伴われてバージンロードを歩いてゆく。

 ステラはどこにも目をやろうとはせず、ただ前を見つめ続けた。
 全ての音が遠い。
 自分は何をしているのか。
 今歩いている自分さえ自分でないかのよう。
 全てがまるで他人事のように感じる。

 シンは大好きな人だ。
 優しくしてくれるし、きっと幸せにしてくれる。
 でもそれは自分の望む幸せだろろうかと、ぼんやりと考えていた。

 力いっぱい恋をして抱きあって、相手とのやり取りに翻弄されて。
 悩んだり、泣いたり。
 アウルといた時間は活き活きと命に満ちていた。
 そう。
 自分は、生きていた。

 ステラは声にならない名前をつぶやく。
 返ってくるはずの無い返事を待ち焦がれながら父に導かれるがまま歩いた。



 教会の祭壇の前でシンが牧師と共に待っていた。
 優しい笑顔を浮かべて。
 周囲には見慣れた友人達の顔が見えた。
 ルナマリアにその妹、メイリン。
 クラスメイトで友人のミリアリア、トール。
 白いタキシード姿のシンや久方振りに見る友人達の顔にステラは現実に引き戻された。
 だが後戻りは出来ない。
 ・・・・・アウルはいない。

 神父の重々しい聖書の言葉は上の空だった。


「・・・・ステラ」


 シンの小声で我に返って顔を上げると、神父の難しい顔と心配げなシンの顔が目に入った。ぼんやりとしたままのステラに神父は軽くため息をつくと、再度問いかけてきた。


「あなたは誓いますか?」
「あ・・・・」


 言わなければ・・・・と思いはしたものの、胸が詰まって声にならなかった。
 まるで鉛のように言葉は喉の奥に重く沈んだままだった。
 声を失った唇だけがわななき、涙で視界がゆがんだ。
 




 -----其の時だった




「ステラぁっ!!」


 頭上から降って来た声に皆は騒然と顔を上げた。
 そしてステラもシンも、また。


 祭壇を見下ろす、教会の高窓に一つの人影が佇んでいた。
 風になびく水色の髪。鮮やかなマリンブルーを活き活きと輝かせ、口元に不敵な笑みを浮かべていた。


「うそだろ・・・・」


 呆然としたシンの呟きが聞こえた。
 それも其のはず。
 教会の高窓は3メートル弱の高さを誇る。
 入り口は警備で固めてあったとはいえ、そこから乗り込んでくると思わなかったのだろう。


「アウル・・・・っ!」


 アウルの姿を認めると、ステラが喜びの声を上げた。
 そのまま駆け出そうとしたが、いったん立ち止まってシンを顧みた。
 アウルの元へ行こうとする事を彼に許しを請うように。
 揺ぎ無い意志の篭ったすみれ色で見つめた。


 優しいシン。


 彼は何を思ったのだろうか。
 ゆっくりと哀しげに微笑むと、手を伸ばし、軽くステラの背中を押してささやいた。


「行けよ・・・・あいつの元へ、走れ」
「シン・・・・」


 涙が溢れた。
 顔をくしゃくしゃにしながらもうなずくと、ステラはそのまま祭壇から駆け出していった。ドレスの長い裾をたくし上げ、邪魔なハイヒールを脱ぎ捨てた。


「お・・・っと」


 参列者の間を抜け、たらしたロープから滑り降りてきたアウルの首に飛びつく。自分を包み込むアウルの暖かさに涙が零れ落ちた。


「来てくれた、アウル!きてくれ・・・・た」
「遅くなってごめん」






「遅すぎ」

 ポツリとつぶやいたルナマリアをメイリンはやや驚きの顔で見やる。
 何かをたくらむように紺色にエネルギッシュな光を湛えて、斜めに構えた微笑。抱き合うアウルとステラと姉を交互に見やって、姉の意図に気づいたらしく、メイリンは納得したようにうなずく。同時に彼女の目にもイタズラっぽい光が宿った。


「貴様、どういうつもりだ!!」


 ステラの父が怒りを露にして怒鳴ると、アウルは拝むように片手を上げた。


「すんませんっ、お嬢さんは僕がいただいていきます〜」
「ふふふふざけるな!!」


 顔を怒りで真っ赤にして飛び掛るステラの父をかわし、アウルはステラの手を引いて外へと向かった。


「ステラ、行くな!!」
 

 シンはステラたちに追いすがろうとしたレイの腕をつかみ、引っ張った。邪魔をされたレイが無表情を崩し、怒りを露にシンを振り返る。


「シン、何を!!」
「行かせてやって!!ステラが大事なら!!あいつと一緒にいたがってるんだよ!!人形のままなんて幸せでもなんでもない」


 レイの目が驚きに見開かれる。
 そして、アウルの目もまた。
 シンは固まるアウルにまったく、とつぶやくと彼を怒鳴りつけた。


「あんた、何やってんだよ!!ステラ連れて走れ!!」
「あ・・・・・ああ」


 いらだたしげなシンの声に我に返ったアウルがステラの手を引いて走り出した。レイはただ呆然とその様を見送り、シンは彼らの後を追って走り出した。


「待て!!」


 使用人たちがわらわらとアウルとステラの前に立ちふさがった。
 が。
 傍で翻った紅いスカートから伸びた白い足が彼らの足を払った。


「人の恋路を邪魔する奴らはあたしに蹴られて死ぬのよ!!」
 

 ルナマリアだった。
 続けざまに身を反転させ、後ろの使用人に強力な回し蹴りを食らわせた。


「馬、じゃないの?」
「メイリン、あんた、おねー様を馬呼ばわりすんの?!」
「地獄耳」

 聞こえないようにつぶやいたのをしっかりと聴き捕らえた姉の耳のよさに感心しながらメイリンが足を跳ね上げた。


「ぎゃっ!!」

 駆け寄ってきていた使用人たちがその足に引っかかって転倒する。


「ごめんあそばせ」


 軽く舌を出してメイリンは笑った。



 残りのクラスメイトたちも加勢してくれたようだった。
 怒声が飛び交い、混乱の場と化した式場をアウルとステラが駆け抜けてゆく。シンは二人に追いすがろうとする参列者の邪魔をしながらその後を追う。

 シンの脳裏にステラとの思い出が蘇る。
 手をつないで夕日の道を歩いた日々。
 笑うステラ。
 飼っていた小鳥が死んだと泣きじゃくるステラ。
 たくさんの思い出が通り過ぎてゆく。
 ふと彼女の影の部分は見たことがあっただろうかと、思った。
 あの少年は、アウルはそれを見てきたのだろうか?

 だがそれはもうどうでも良い事だった。
 
 自分はステラが好きなのだ、どうしようもないくらい。
 それだけは確かな事で。
 彼女が笑っていると、自分も幸せになる。
 例え、彼女が自分のものにならなかったとしても幸せな気持ちになるのだ。
 あの二人を先に行かせようとしている。
 あの二人の幸せを願っている。
 それが何よりの・・・・証拠。


 階段を下りる間際、ステラがこちらを振り向いた。
 目があった。
 涙のにじんだ、すみれ色。


 -----君が、好きだよ。


 声にはしないで唇だけ動かした。
 彼女に分かるかな。
 分からないかもしれない。
 でも精一杯の想いをこめて彼女を見つめた。


「あんた・・・・ありがとう!」


 ステラの隣からアウルが声を張り上げた。
 唇を硬くかみ締めながら、泣きだしそうな顔で。


「シン、ありがとう。本当に・・・・ありがとう」


 ごめんね、ワガママで。


 ステラが大粒の涙をこぼした。
 


 泣かないで、笑って。
 俺は笑う君が好きなんだよ。



「ごめん・・・・っ!ステラは幸せにするから・・・・っ」
「あたりまえだ!!」


 強がりの言葉を返し、シンは口元をきつく引き締めた。
 そうでないと泣きそうになったから。
 つらくないわけが無いだろうが、早く行けよ、と心の中で毒つく。
 今手放そうとしているものは大事な宝物なのだから。
 でも彼らの前では泣くわけには行かない。



 -----カッコくらい付けさせろよな。




「ありがとう、大好き・・・・シン」


 そして最後に。
 去り際にステラは笑った。
 涙でまつげは濡れていたけど、一生懸命に笑ってくれた。


その瞬間にシンは全てが報われた気持ちになった。


ああ、よかった・・・とシンは笑った。
心から。

























 二人を最後まで見送るとシンは喧騒の中、教会の裏に出た。
 彼女の笑顔にシンは自分のした事を後悔しない・・・・とそう、思えた。
 目を閉ざして空を仰いだ。
 湿り気を含んだ、冷たい風が頬をなでた。


「なーに黄昏てんのよ」


 後頭部に生じた衝撃に我慢していた涙が零れ落ちた。
 せっかく我慢していた涙がこんな格好でこぼれるなんてかっこ悪すぎる。
 怒りに燃えて振り返ると、ドレスのボロボロにしたルナマリアが揶揄を浮かべた笑みをこちらに向けていた。
 彼女によくにあっていたドレスなのに、と少し残念そうなシンにかまわず、彼女はからからと笑って自分の武勇伝を語り始めた。
 何人ぶっ飛ばしたとか、会場はどんな乱闘になったかを語る姿はお嬢様の姿とは程遠くて、シンはあきれ果ててため息をこぼした。
 とたん、つねり上げられる頬。


「何よーそのあきれ果てました、という目は」
「あきれたんだよっ」

 紅くなった頬をさすりながら口をひん曲げた。
 この女はデリカシーが無い。感傷にも浸らせてくれないのかと思うと腹が立ってきた。


「で・・・なんだよ」
「いやー感傷に浸ってるんじゃないかなーと思って馬鹿にしに来た」
「お前な・・・・」


 図星を差されてギリりと奥歯をかみ締めてルナマリアを睨みつけると、
彼女はにやついた表情を緩めて微笑を浮かべた。


「ホント・・・・あんたって馬鹿」
「ほっといてくれ」


 むすっとそっぽを向いた。
 自分でも分かっている。
 それでも後悔はしていない。
 ステラが好きだからこそ、とった行動を馬鹿にされる筋合いはないと思った。
 だが、ルナマリアもきっと同じ心境なのだろうと思い出すと、ちらりと視線だけを向けた。
 ルナマリアは変わらずに笑っている。


「お前も馬鹿じゃないか」
「馬鹿二人?そーかもねー」


 彼女はまたクスクス笑う。
 本当につかみどころない彼女。


「でもさ・・・・」


 ひとしきり笑ったあと、彼女は自分の口もとに手をあてて、シンを上目遣いで見つめた。めったに見せない、彼女の女らしい仕草にどきまぎした。


「なんだよ」
「あんたかっこよかったわよ。惚れちゃいそう」
「冗談止めて・・・・」


 本心から出たうめき声にルナマリアが目を吊り上げた。


「このこわっぱ〜〜〜死にたいようねぇ〜〜〜」


 締め上げられる首に悲鳴を上げながら、シンはルナマリアの存在に安堵を覚えていた。
 一人より、二人で気持ちを共有するほうが心も軽くなる。
 ・・・・彼女の存在が、とてもありがたく思えた。

























「うみぃ〜〜〜〜」


 ベールを取り外し、邪魔なオーバースカートを脱ぎ捨てて簡素な格好になったステラが歓喜の声を上げて海へと走っていった。
 そんな彼女をアウルは自分のバイクの上から見送る。


「そういやぁ二人で海来たの、初めてだったよな」
「うんっ」


 人目を気にしてあまり近くに遠出にも出られなかった自分達。
 二人でこんな遠くまで来たのは本当に初めての事だった。
 そして自分達はこれからもっと遠いところへ行くのだ、この町を離れて。
 かつての場所に戻ると言っても不安はないといったら嘘になる。
 2年間の空白。
 親戚との確執はなくなったわけでもない。
 だが一人ではない。
 守るものがある。
 シンという少年にも約束したのだ。
 ふとメールの事が頭をよぎった。
 おそらく間違いはないだろう。
 送り主はあのシンという少年だ、そう確信できた。


「お人よしすぎ」


 あのルナマリア、と同じくらいに馬鹿で優しい。
 空を仰いだ。
 雲の多い、梅雨時の空。
 降ったり止んだり、降ったり止んだり。
 人も人生もこんなものかな、とおもった。
 そう長くは生きていないけれど、も。


「アウルーーー」


 ステラが海辺から戻ってきて、アウルの手を引っ張った。
 一緒に入ろうという事なのだろう。
 くすりと笑ってステラを抱き寄せて顔を覗き込む。


「なぁ、ステラ」
「なあに」
「これからスッゲー遠い所に行くけど、本当に良い?」


 ステラはきょとんと彼を見上げたが、すぐに大きくうなずいた。
 背伸びしてアウルの唇に軽く口付けて微笑む。


「ステラ、どこだって行く」
「さんきゅ」


 ステラを抱きしめて金の髪に唇を寄せた。
 

 腕の中の少女に。
 自分を支えてくれた最初の恋人で友人の少女に。
 そして自分とは対極の紅瞳の少年にアウルは誓った。


 ・・・・ステラを幸せにすると。


 波が押しては引き寄せる音を耳に二人はじっと抱きあっていた。
























 ------季節は巡る。
 じめじめとした梅雨が明け、焼け付く夏が過ぎ。
 爽やかな秋のあとに寒い冬が通り過ぎていった。
 そして春が巡り、再び夏がやってきた。
 梅雨が明けるか明けないかの微妙な時期にシンの元に一つの小包が届いた。生ものなのか、冷蔵便できていて、箱に触れたとたん、ひやりとした冷気が肌を撫でた。

 貼り付けてあった荷札にあった、小さくて整然とした、見覚えのある筆跡にシンの紅玉が揺れる。

 送り主は北海道の農家。
 一番下に姓の変わったステラの名前があった。

 急いで受け取り印を押すとシンは足早にそれをリビングルームへとかかえてていった。キッチンでアイスをほおばっていたマユが不思議そうに顔を出して歩みよる。
 おぼつかない手先でカッターを取り出すと、中身を傷つけないようにゆっくりと、カッターの刃を走らせた。


 箱を開くと中からふわりと青々しく、甘い香りが部屋に広がった。



「・・・・とうもろこし?」


 箱の中につめられていたのは青々とした葉に包まれたとうもろこしだった。
 採れたてなのかみずみずしい香りを放っている。
 ひとつ取り出して皮を向くと現れたのは黄色ではなく、白。

 雪のように真っ白な、粒だった。

 目を見張ったシンの隣から中を覗きこんだマユが驚きに声を上げた。


「しろい・・・・とうもろこし?」


 シンはとうもろこしに添えるように同封されていた封筒に気づくとてをのばした。


『シン・アスカ様』


 表には彼の名前があって、裏にはステラの名前があった。
 懐かしい、字。
 丁寧に封を切ると飾り気のない便箋が出てきて、隙間がないくらい、びっしりと書かれていた紙。
 ステラから、シンにあてられた手紙だった。







「ステラぁー、このとうもろこしもいいみたいだよ」

 北海道に無数にある、トウモロコシ畑の一つから、緋色の髪の少年が顔を出した。
 活き活きとした濃いブルーを輝かせ、腕に一杯とうもろこしを抱えて籠を持つステラの元へと駆け寄る。


「頑張ったじゃん、すっごいい出来だよ」
「えへへ・・・・」


 自分が生まれて初めて育てたとうもろこしにステラは誇らしげな笑みを浮かべた。
 ステラが北海道にある、アウルの実家に来てから約一年。
 当然周囲ともめたけれども、叔父夫婦や従兄たちががんばってくれたお陰で今こうして穏やかで幸福な日々を送っている。


「あんまりベタベタするとアウルがへそを曲げるよ?」


 そこへ柔らかいウェーブのかかった少年が傍にやって来てステラの抱えるかごに収穫したとうもろこしを入れた。


「シャニ!!それくらいで焼くか!!」


 少し遠くでアウルの声もして、その方向に目をやると、アウルが顔を真っ赤にして腕を振り回して畑の中から出てくるのが見えた。

 一面に広がるトウモロコシ畑。

 他の畑より離されたこのとうもろこし畑は他の品種と混じってしまわないように注意深く管理されている。
 ここのとうもろこしは通常黄色い実を付ける品種とは異なり、真っ白で果物のように甘く、みずみずしい。その分手間もかかる品種だった。


「良いものが出来るのは当然。ステラも頑張ったし、何よりもこの僕が教えたんだもんね」
「手を取り、足を取り、腰を取り?」

 胸をそらすアウルにクロトはキシシと揶揄する笑みを浮かべた。
 アウルの顔はみるみる赤くなり、怒涛の勢いでクロトに噛みつく。


「クロト!!てめぇどこでんな下品な事覚えた?!フレイに言いつけるぞ!!」
「なんであの小姑が出てくんの!!つーかフレイを出すなんてきたねぇ!!」


 フレイは近くに住む、裕福な農家の一人娘だった。
 同じ高校の同じクラスになって何かと顔を突き合わせるようになってからというものの、何かと口うるさくクロトに絡んでくる。
 向こうは親切のつもりなのだろうけど、クロトにはそれがわずらわしいようだった。それも口うるさいからだけではないのも皆は知っている。


「あ〜、ケンカはやめろ。メシだぞ」


 トレーラーに乗って来たオルガが長兄らしくそんな彼らをいさめる。
 すぐ後ろにトラクターに乗った叔父夫婦もいた。
 狭い席の上でぴたりを身を寄せ合っている。


「ムルタ・・・・私は普通に歩いてきたかったのだが」


 ややかおを赤らめながら咳払いをしてみせるナタルにアズラエルは良いではないですか、と白い歯を覗かせた。


「こうやって夫婦二人でのんびりドライブもオツでしょう?」


 軽く人差し指を彼女の口元に当てると、また前へと戻る。

 
「アウルたちに負けていられませんからねぇ」
「・・・・ばか」


 そんな夫の横顔に消え入りそうな声でナタルがつぶやいた。
 頬を夕日のように赤く染めて。


「シンのところに小包届いたかな」


 家族で昼食を広げながらステラがそういうと


「冷蔵急便で発送したから届いてんじゃね?手紙は入ってるよな?」


 とアウルが答える。


 「う・・・・ん。大分遅くなっちゃったけれど・・・・受け取ってくれるかな」


 不安げなステラの頭を撫でて大丈夫、とアウルはうなずいてみせる。


「アイツはみみっちい男じゃねーだろ。敵に塩送るくらいの男だぜ」
「アウルより・・・・懐広いかもね・・・・」
「うるせぇ!!」


 口を挟んだシャニに食べかけのミカンが飛んだ。
 シャニが難なく避けたそれを、オルガがナイスキャッチ張りに受けとめる。


「食物を粗末にするな、ばかものっ!!」


 ナタルの怒鳴り声と共にアウルの頭に拳骨を食らわす軽快な音が響く。


 「結婚してもまだダメダメですねぇ」
 「同・感!!」


 親子揃って同じタイミングでうなずきあうアズラエルとクロト。
 雨が続く中で久方ぶりに見えた頭上の青々とした空は東京のシンのところまで続いているかのようだった。








「これは新聞紙に包んだほうが良いよね」


 パタパタと動き回る妹マユのそばでシンは熱心に手紙を読みふけっていた。そして読み終えると口元に笑みを浮かべ、丁寧に手紙をたたんで封筒にしまいこむ。


「ルナにもレイにも・・・・来てるかな、手紙」


 そう一人ごちると、シンはマユを手伝おうと立ち上がった。
 蒼い空を背景に蝉がうるさいくらいに鳴き始めていた。



















「拝啓、シン・アスカ様

 お元気ですか。
 ずっと連絡をしないでごめんなさい。
 あれからシンがステラ達の事でたくさん頑張ってくれた事をアウルとルナから聞きました。
 何も知らないでワガママ言ってごめんなさい。
 でもステラ、嬉しかった。
 あのときステラの背中を押して行け、と言ってくれたときは胸が一杯になって何もいえなくて。言われたとおり無我夢中でアウルの元へと行きました。
 シンが背中を押してくれなかったらステラはきっとただおろおろしていたと思います。何度感謝しても足りないくらいです。ありがとう。
 アウルのところでも色々あったけれど今はアウルとアウルの家族と元気にやっています。12月のクリスマス・イブにアウルと教会で結婚式あげました。ステラとアウル以外はアウルの家族の人とほんの少しの知り合いの人だけで、見知った顔はなくて寂しかったけれど、しあわせだった。
 この日はアウルの誕生日でもあって、それじゃあ誕生日と結婚記念日とイブが一度に来るんだね、って言ったらアウルは忙しいなぁって笑っていました。
 ステラにね、新しいお母さんとお父さん、そしてお兄さんが3人できたんだよ。とても優しくて素敵なお兄さんです。もちろんレイ兄様も同じくらい大好き。でも内緒だけど、それ以上に一番大好きな兄とも言えるのはシンです。
 マユちゃんがうらやましかったくらい。
 シンに甘えてばかりで勝手だと思います。
 でも本当にそうなんです。
 
 今アウルといるところは大きな農家です。
 ここにいると育ってゆく命を間近に見れて、其のたびに命って本当にすごいと思いました。お世話になっているナタルおばさんが命というのは奇跡だと、言っていましたけれど、本当にそう思います。
 ステラもアウルもシンも、そしてルナマリアも命の奇蹟なんですね。
 ステラたちが出会えたのも奇蹟。
 ベタな表現だ、って隣でアウルが言っていますけれど、ステラはそう思います。

 

 シンの元にステラの育てたとうもろこしを送ります。
 珍しい白いとうもろこしで苗から一生懸命育てました。
 シン、北海道はとても綺麗なところです。
 今ここはとても素敵な季節に入っています。
 北海道の夏はとても短いけれど、その分大地が一生懸命に育っていこうとするみたいでその輝きに満ちています。
 いつか、遊びに来てください。また小さい頃のように夕日の道を歩きたいな。
 腕一杯に実りを抱えてシンを待っています。
















大好きなシンへ。』



















あとがき


 ずるずると長くなりました。
まだ書き切れなった事が多いのですが、完結です。もうちょっとアウルとステラの甘い高校生活を書きたかったなぁと後悔・・・。でもシンも書かないとなぁとジレンマがあって切りました。
 未熟者過ぎる。
 シンにとっては少し・・・・というかかなりつらい事となりましたが、彼は後悔していないと思います。
 ルナマリアも然り。
 レイはまだ複雑なのでしょうけど、妹が幸せな姿を見たらきっとわだかまりは溶けるんじゃないかな・・・って。
 この後のシンやアウル、ステラたちはどうなってゆくか・・・・。
 ご想像いただけると管理人として頑張った甲斐が在ります。
 ここまでお付き合いくださってありがとうございました。