金色の太陽が燦々と照りつける熱で、蜃気楼上に空が揺れている。

炎暑を避けて緑陰で語る街人たち。

時折やってくる青嵐に木々がざわめき。

地中生活を終え、現れたセミたちが

その残り少ない生を謳歌しようと

命限り鳴いている。

私とアウルの元に一対の命が舞い降りたのはそんな真夏のある日。

靄で霞んだ空の広がる、猛暑の前触れ。

朝曇りの日だった。







「頑張って」
「頑張れステラ」


周りの音や声がとても遠く聞こえる。

大きなうねりと共にやってくる痛みと苦しみの波。

まるで大海原の荒波に一人放り出されたよう。


その波が来るたびに気が遠くなりそうになる私にとって
看護婦さんとアウルの声。
そしてアウルの手のぬくもりが命綱だった。


息が詰まる。
痛い。
苦しい。

でも必死だった。

痛みなんか怖くない。
苦しみに負けない。
だって逢いたかったから。


赤ちゃんに、逢いたかったから。


「頭が出てきたわよっ、短足呼吸に変えて!」


助産婦さんという人の力強い声で一瞬我に返る。
言われるがまま呼吸を小刻みに吸って吐いた。


「はい、深呼吸!!」


不意に身体が少しだけ軽くなると同時に。
足元で弱々しい泣き声が聞こえた。
アウルが一瞬痛いほど固く私の手を握ってきた。
そしてゆっくりと手が離れ、彼は泣き声のほうへと向かった。


「生まれたの・・・・?」


けれど子供の顔を見る間もなく。
波は治まるどころがいっそう強くうねり、息が詰まりそうになった。


「まだです!まだ一人引っかかっています!」


助産婦さんの言葉に私は驚きを隠せなかった。
二人・・・・?
だからお腹がとても大きくて重かったのかと納得がいった。
でもそんなことを考える間もなく、私は次の波に乗り切ろうと歯を食いしばった。


早く、早く。
顔が見たい。
触れたいの。
逢いたいの。


あなた達に、逢いたい。
逢いたい。


次の瞬間。
分娩室中に。
いえ、病院中に響き渡るかと思うくらいの泣き声が聞こえてきた。


「お疲れ様。よくがんばったわね」


さっきまで厳しい顔をしていた助産婦さんが
とても優しい顔でそう私に声をかけてくれた。

額から流れ落ちてきた汗が目に入って刺激を生む。
体中の力を奪われたような疲労感にほっと息をつくと同時に。
なんともいえない、
どうやって表したらいいのか分からない感情が
私の胸にこみ上げてきた。

相変わらず声は聞こえてくる。
二つ目の声はまだ近くに聞こえていたから
私はその声のほうに思いっきり手を伸ばし。

そして、触れた。

濡れてぬるりとした感触。
次に温かな皮膚の感触。
暖かい、命の存在を私は感じ取った。
あんなにあった疲労感がうそのように消えてゆく。


ああ、この子は私の子だ。
私とアウルが生み出した、新しい命。
壊すのではなく、生み出した命なのだ。
私達はようやく、本当につながったのだと思った。

先ほどの汗とは違う水が頬を伝う。

触れたい。
お願い触れさせて、早く。

だけれどそのぬくもりはすぐに遠ざかってしまい、
がっかりしていると
お医者さんと看護婦さんがそばに来た。
早く赤ちゃんに触れたいのにほかに何があるのだろうか。

「ステラさん、産後の処置を済ませてしましょうね。すぐ、終わりますから」
「胎内に残っている胎盤を取り出すからな。少し痛いが我慢してくれ」

二人の言葉の意味が分からないでいると、
お医者さんは私の返事を待たずにおなかにぐっと力を入れて押した。

身体を圧迫される痛み。
予想しなかった痛みで悲鳴を上げそうになったけれど、
ラボでの痛みや生みの痛みに比べればなんと言うこともない。
ここまで声を上げなかったのだから。




・・・・気づくと産後の処理は終わっていて、
アウルが赤ん坊を抱えて私を覗き込んでいた。
大好きな蒼い海に透明な光を湛えて。

光、と思ったのものは彼の瞳からあふれると
頬をつたって流れ落ちていった。

ぱたぱた。
ぱたぱたと。

意地っ張りアウルが泣いている。
手を伸ばして彼の涙を払ってあげた。
何が悲しいの?


「何泣いているの?」
「分かんね。でもありがとう。ステラ、ありがとう」


繰り返される『ありがとう』


ああ、そうか。
さっき私からも溢れたものと同じもの。

それは『喜び』
それは『幸せ』

『涙』はこんなときも流れるのね。
なんて不思議。

アウル、私とても幸せ。
私こそ、ありがとう。
あなたに逢えたからこの子達に会えた。

そして赤ちゃん、こんにちは。

私が、ママだよ。




















アウステベビー物語

第8話
こんにちは、赤ちゃん




















「おっぱい吸わせてごらん」
「おっぱい・・・・?」
「胸のことですよ」


助産婦に言われ、ステラは胸をはだけさせておっぱいを出すと、小さな赤ん坊は自然に吸い付いた。思った以上にその力は強くて痛みがあったが、一生懸命に吸い付く赤ん坊の姿にステラは感動して涙をこぼした。


「可愛い・・・・。うれし・・・・い」


赤ん坊の片割れを抱いているアウルは大きな目を喜びに輝かせて言葉なく、その光景に魅入っていた。


分娩室の外では男女の双子の誕生を告げられていた。


「一度に男女の親になったの?羨ましいわ」
「一姫二太郎どころか一姫と一太郎か。こりゃ恐れ入った」


茶色の目を細めて笑うマリューの肩を抱き、ネオは参りましたとおでこを叩きつつ笑った。


「男は女親、女は女親に似るって聞いたけどどっち似だろうね」


ルナマリアの言葉にシンはさあ?肩をすくめた。


「どっちにしろアウルに似たら悲劇じゃない?見た目はともかく・・・・性格がさ」
「性格って似てくるものなのですか?」
「さあな。だが環境には大いに作用される」
「興味深いな」


珍しく話題に入ってくるソキウスにレイが答えると生命の誕生や育成についてソキウスは興味を持ったようだった。


「彼女たちにお会いになられますか?」
「え?」
「大分落ち着きましたら良かったら・・・・」
「ステラ〜〜〜〜〜〜〜っ」


医師の言葉が終わらないにうちに真っ先に飛び込んでいったのはスティング。弾丸のように産婦人科医をはじき飛ばして入って行った。

派手な音を立てて医師の眼鏡が落ち、ぐしゃりと音を立てて踏みつけられる。
もちろん、スティングはその事に気づきもしない。

まるで彼の目の回りに壁でもあるかのように、前の入り口しか見えていなかった。以前アウルに壊された眼鏡を買い替えたばかりだというのに医師はまたもや新しい眼鏡を買う羽目に陥った。




「ステラっ、男女の双子だってなっ!!でかしたっ!!」
「やかましい、このはげっ!!」


喜色満面で飛び込んできたスティングを赤ん坊を抱えたアウルの上段蹴りが飛ぶ。

もちろんそれを簡単に受けるスティングではない。


「誰がはげだっ、このクソガキ!!」


難なく避けると、しゅしゅっとシャドーボクシング。


「ケンカをするなら余所でお願いします」


看護婦は苦虫を噛みつぶした顔でそう言った。






「すんません、すんません。つい興奮して・・・・」


しばらくして我に返ったスティングは頭を掻いて頭を下げるとすかさずアウルの茶々が入った。


「やだぁ、興奮だって〜〜〜。オクレ兄さんやらし〜〜〜〜。なあ、チビ?」


そう言って手の中の赤子に笑う。
赤子は目はまだ開ききっておらず、ぶすっとした表情だったが、アウルにとってjは可愛い天使だ。スティングは懸命に赤子をあやすアウルにそれ以上怒鳴れず溜め息をついた。

そしてステラの方を見やると、彼女はまだ赤子に乳をやっていたが、彼女のむき出しになっている胸に気付くと、やや顔を紅くして顔をそらした。


「「?」」


ステラもアウルもそんな彼が理解できず、きょとんとした顔をしていた。
ファンタム・ペイン時代までは共に風呂に入っていた仲である。

今更、という感が強いのだろう。

だがスティングにとっては少々違う。
昔も時々ふと思い出したように彼女に異性を感じたときはあったのだ。
まあ妹の感は強かったのだが。


「妹でも恥ずかしいモンは恥ずかしいんだよっ」


ま、ぶっちゃけそう言う感じで在る。


「随分小さいな」


赤子を抱いたスティングの言葉にアウルも頷く。


「生まれたてはこういうモンだってさ。標準より少し小さいけれど十分合格ライン」
「そうか」


スティングは手の中の赤ん坊を見つめた。
妊娠当初、秘かに懸念されていた強化体だった母胎の胎児への影響。
かつてスティング達が治療を受けていたオーブの研究所からその可能性を聞かされたとき、スティングは迷った。

今だからこそ言えるのだが、ステラの妊娠は奇跡だと研究員達は言っていた。そしてまともな子供が生まれるわけがないと言う冷たい意見まで出ていたのだ。


アウルとステラに伝えるか否か。


彼はその事実を伝えるか迷ったが、結局二人には黙っていた。
何よりも幸せそうに笑う二人を壊したくなかったから。

そして。

スティングは二人の可能性に賭けたのだ。
彼らの子供の誕生は研究所で未だ治療を続ける他のエクステンデット達の希望にもなる。
彼らにも未来はあると、そう言ってやれる。


そう、信じてここまで来た。


自分の手の中で赤子が身動きをした。
開ききっていない目で自分を見ている。
その姿を見てスティングの目頭が熱くなった。



ああ良かった。
信じていて良かった、と。



『よかったな』


ラボで出会った3人が笑う。

金の髪。
緑の髪。
そして緋色の髪の少年達が。


『よかったね、兄さん』


古い古い記憶の中の二人が笑う。
自分と同じ姿をした幼い少年と幼なじみの少女が。


記憶の中で鮮やかに笑っていた。








「あらぁ可愛い子達ね」


あのあとステラは病室に移され、双子達は残りのメンバー達とのご対面となった。


マリューが乳を飲み終えた赤子を抱き上げ、感動の声を漏らした。
シン達も赤ん坊達の顔をのぞき込んだが、どう見ても。

どう見てもサルの干物にしか見えなかった。


「もしくは土偶」
「あっはっはっ。うまいねー、坊主」
「・・・・ああ?」


きっぱりと断言するシンと笑うネオをギロリと睨み付ける新米パパことアウル。可愛い我が子を侮辱されたと思った彼の手にはいつの間にやらべレッタが握られていた。そしてスティングの形相も般若のそれと変わっていた。
ステラは赤ん坊の片割れに乳をやっていたが、そのすみれ色の瞳にははっきりとした殺意の光が瞬いていた。


「あ、あんたら・・・・」
「お前達はともかく俺たちや周囲に迷惑が掛かる。今すぐフォローを入れろ」
「・・・・乱闘になりますよ」


その3人の様子を察した周囲が二人を無理矢理謝らせたのはそれから直ぐあとのこと。





「でもこいつは女の子か。マリュー、次抱かせてくれよ」
「えーーー」


不満の声を上げたのはアウル。
不審そうな光をネオに向けて心底嫌そうだった。
それには流石のネオもむっと来た。


「良いじゃないか、抱かせてくれよ」
「アウル、その子抱かせてあげて」


大好きなネオにも抱いてもらいたいというステラの願いにいやだといえないアウルは渋々承諾した。女の子だという赤子の片割れをマリューから受け取るとネオはうれしそうに顔をのぞきこんだ。


「やー、可愛いな。俺はネオだよ・・・って。ん?」


がちゃっと後頭部で聞こえた激鉄を起こす音にネオが振り向くとベレッタの黒い銃口が彼に向けられていた。


「少しでも変な気起こすんじゃねーぞ。この引き金は軽いぜぇ?」


真顔で恐ろしいことを言ってのけるアウルにネオは心の中でクレイジー!!と叫んだという。



「ねぇ、この子の名前は?」


双子の一人を抱いてあやしていたルナマリアはふと思い出したようにアウル達を見やった。もう一方をあやしていたレイや他のメンバー達の視線もアウル達に集中する。

皆の注目を受け、待っていました!と言わんばかりにアウルは持ってきていた荷物から二枚の紙を取りだした。

一メートルはあると思われる長い紙にでかでかとへたくそな筆字で何やら書き殴られていた。
ただでさえ下手な上にあちこち滲み、原型のとどめていない筆文字に一同はなんて書いてあるのだろうと首をひねった。



「なんだよ、そのミミズが這い回ったような字はっ!読めーねーよ!!」


シンの突っ込みにアウルは顔を真っ赤にして怒鳴った。


「う、うるせー!!東洋の筆文字は初めてだったんだよっ!!」


アホかっ、とシンは大きく息を吐き出した。


「だったらはなっから書きやすいもんで書けっ!」
「チビ達の命名式なんだぞっ!!手なんか抜けるかっ!!」
「読めなかったら本末転倒だっ!!」
「ほ、ほんまつてんとー?」
「あ”〜〜っ、もうっ!何処まで馬鹿なんだよ、お前は!!」
「うるせー、単純馬鹿に言われたくねーーー!!」
「なんだと!!」


売り言葉に買い言葉。
早速始まったケンカに周囲はまたかと呆れた。
女の赤子は興味深げにそんな二人を見ており、男の方はマイペースに寝息を立てていた。


「はっはーーっ!!俺等に可愛い子が生まれてひがんでんだろ〜〜〜」
「なっ!俺たちだって!なあ、ルナっ!?」
「・・・・なんであたしにふるの、あんた」


眉をひそめるルナマリアにアウルは勝ち誇ってシンを見た。


「ふられたな!!」


だがコレでめげる・・・どころかルナマリアの愛を信じて疑わないシンはすかさずやり返す。


「ふられてなんかいないねっ!!見てろ、俺とルナが頑張れば子供の一人や二人・・・!いや三人や四人・・・・はてはサッカーチームを作るくらい!!」
「そんなに産むめないわよっ!!」


シンの言葉に今度はルナマリアがとんでもないと悲鳴を上げる。そんな彼女にお構いなしに不毛な争いはなおも続く。


「男と女の双子なんてできねーだろっ!!」
「なにをっ!!頑張ればいつかはっ」
「何を頑張るって言うのよ!?」
「・・・・頑張るというのはどう頑張るというのですか?」
「ん〜〜〜ちょっと説明しづらいわね、ソキウス君」
「まずは人体の構造から勉強し直した方が良い。応急処置や急所しか知らないだろう」




「結局この子達の名前は?」


病室のてんやわんやの騒ぎの中、ネオはスティングとステラに赤ん坊の名を問うていた。


「うん。この子達の名前・・・・ね。ガイアとアビスと同じ意味もらったの」
「深淵の戦士と大地の女神か?」
「深淵じゃなくって海の神様の方。アビスは・・・・海の神だったから」


ステラの言葉を受けてスティングが続けた。


「男の方は。女の方は。オーブの古い神の名で海と大地の神の名前だとよ」
「そうか、良い名だ。力強いな」


赤子達に目をやるとネオは微笑んだ。


「うらやましーだろ!!」
「はっ、俺たちだってなぁ!!!」
「病室で騒ぐんじゃねぇ、バカヤロウ!」
「この子の目、蒼くない・・・・」
「いいじゃない。その代りあなたと同じ色でしょう、ステラ」


アウルも。

ステラも。

スティングも。

戦場しか知らなかった彼らの世界が広がりつつある。
一人で歩き始めている。
家族が増えても十分にやっていけるだろう。


大丈夫。


初めての対面で
ぎこちない仕草で敬礼の交換をしたあの頃の彼ら。
外の世界に対する期待と不安に揺れていたあの子達ではもうないのだと。今度は彼らが護る立場になったのだと。

もうあいつらは俺の加護も。
誰の加護も必要としていない。
子供の巣立ちと言うのはこんな感じだろうか。
とても嬉しいが、同時にとても寂しく、そして悲しくもある。

だがこれで良い。
大変なのはこれからだぞ、お前ら。

ネオは親となったかつての部下たちに静かなエールを送るのだった。






















あとがき

初出のはちょっと物足りなくて書き足しを考えていたとき、
49話の敬礼のシーンを見て付け足しました。
運命の放送が終わっても
こんな未来の可能性もある、と
受け取ってただけたら嬉しいです。