ミリアリアです。
2度目のコーディネーターとナチュラルの戦争の後、私は再びカメラマンとして世界中を巡るようになっていた。
彼等の間にこのような哀しい戦争が起こったりするのは互いを異なる存在として見ていたからだと思う。
変よね、どちらも同じ人間なのに。
私はコーディネーターやナチュラルの間に垣根がないという事を。
同じ人間である事を。
そして互いに分かり合え、歩んでいける事を私なりに伝えたくて
今こうしている。
戦後すぐコーディネーターのお調子者からプロポーズを受けたのだけれど、
やりたい事があるからときっぱりフってやったわ。
その後あのお調子者はどうなったかというと、
まだあの短気な銀髪の隣にいて女っ気ないみたいね。
別に気にしているワケじゃないわよ?
ただ何となく耳に入ってくるだけ。
他意はないんだから!

第二次ナチュラル・コーディネーター戦争終結から2年。
故郷であるオーブに戻ってきた私は
そこで小さな喫茶店を開いたというエクステンデットの3人に再会した。
一番年長のスティングは相変わらず苦労人みたいだけれど表情はとても穏やかになっていて。
水色が印象的なアウルは昔のように笑顔を振りまいていたけれど、戦中その影に潜んでいた狂気と危うさはすっかりその形を潜め、年相応の笑顔を見せてくれていた。
そして紅一点のステラは初めて会ったときの危うさと弱さはなく、一人の女性として他の二人を立派に支えていた。



戦争の道具として生み出された彼等が今ここにいるのは一つの奇跡。
そしてそんな彼等の元にまた一つの奇跡が起こった。

エクステンデットとして無理を強いられて来たステラに。
子どもを望めるかどうか分からないといわれていたその身体に。
新しい命が宿ったという事だった。











アウステベビー物語

第5話
誕生前夜














カランカラン。

「いらっしゃーい。半年ぶりのご来店、ありがとうございまーす」

ミリアリアがふぁんたむ・ぺいんの扉を開けるなり、アウルの脳天気な声が降ってきた。そのおどけた調子に思わず吹き出しそうになりながら、ミリアリアはわざと顔をしかめて見せた。

「何よ、イヤミ?」
「7割方そう」

だがアウルも此方の事はお見通しらしく、けらけらと陽気に笑って見せる。どう笑おうが可愛らしく見えてしまう彼に、敵わないなぁとミリアリアは苦笑した。
カウンターの奥でスティングも苦笑いを見せている。
ミリアリアにとってスティングは同じ歳という事から気楽に話が出来る間柄だ。
キラより砕けた調子で話が出来る。
文化や歴史の事で話が合うせいかは分からないが、肩肘張る必要のない数少ない人物の一人だ。


ミリアリアがふぁんたむ・ぺいんを訪れたのは前回からおよそ半年近く立ったときだった。

店には見た事のない、新しい顔が増えていた。
アイスブルーの瞳に青みの掛かった銀髪。
感情の起伏の少ない、氷細工のような少年。
ソキウスと名乗った彼は連合に拠って生み出された戦闘用コーディネーターだったとミリアリアはスティング達から聞いた。そして戦争が終わって二度とこの悲劇を起こすまいと各地で散らばっている仲間達がいる事も。

「私、ミリアリア・ハウ。ミリィでいいわよ」
「・・・・はい」

ミリアリアとしてはキラを見ているせいか、そんな彼が特に特別に見えなかった。話を聞いてもなお、気さくな態度を変えなかったミリアリアにソキウスは僅かに頬を染めてとまどうのだった。



ミリアリアが久ぶりに見たステラはお腹が既に大分大きくなっており、
ピンクのマタニティがすっかり板に付いていた。

「前見たときより大分大きくなったね〜。今どれくらいなの?」
「もうすぐ9ヶ月。予定日は来月」
「もうそんななの?」
「うん」

頷くステラにアウルも横から付け加える。

「ちゃんと栄養も取れるようになったし、後は臨月を待つだけ」

幸せそうにお腹をさするステラをミリアリアは少し羨ましそうに見つめた。
彼女とてその光景を夢見た事はある。
・・・今は亡きトールと。
彼を想って痛むかと思っていた胸はそうでもなく、ただ純粋に羨ましかった。
彼女自身愕いたが、それは誰のおかげかは分かっていた。
トールの事はゆっくりだが、過去になりつつあった。




「ね、性別分かってるんでしょ?どっち?」

ミリアリアの問いにステラは微笑んで首を振った。

「ううん。・・・まだ」
「えー?検査とかで分かるでしょう?」

愕くミリアリアにステラは微笑した。

「生まれてから分かった方が・・・・いいから・・・」

出産前だというのに、彼女は既に母親の顔になっていて、溢れんばかりの慈愛で満ちている。そんな彼女がとてもまぶしくてミリアリアは目を僅かに細めた。

「そっかぁ・・・。そうよね」
「アウルもスティングもどっちでも良いって・・・・。ステラも・・・・そう思っているから・・・・」
「どっちでもいい、か」

そこまで言うとミリアリアはふと半年前の事を思い出し、ステラに向き直った。

「じゃあ、半年前に買っていたベビー服どうなるの?全部男物だったでしょ、女の子だったら無駄にならない?」

ミリアリアのセリフにアウルが素っ頓狂な声を出した。

「え〜〜っ、マジかよ!でも僕も女モン買ってた・・・・」
「・・・・おい。どういう事だ?アウル、ステラ」

ジト目で睨むスティングにステラはおもむろに視線をそらした。アウルもあさっての方向を見て口笛を吹いている。

「両方そろえちゃった・・・てワケね。男か女か分かる前に。気が早いわねー」

子どもを待ち望むあまり、行動を先走ったアウルとステラにミリアリアは笑いが腹の底からこみ上げてくるのを感じた。まるでサンタさんのプレゼントを今か今かと待ち望む子どものような二人。
クスクス笑うミリアリアにスティングのしかめっ面も緩んでゆく。
そしてつられて笑い出した。
それにアウルとステラも加わり、笑いの渦が店の片隅で渦巻いた。
ソキウスはそんな彼等をまぶしそうに見つめ、店内にいた客は何事かと瞳をしばたたかせていた。




ミリアリアが帰った後、スティングが壁の振り子時計を見やった。午後3時を過ぎており、客の姿もまばらだった。いい時間だな、と彼はつぶやくとアウルとステラに声を掛けた。

「散歩にでも行ってこい」


バランスの取れた食事と適度の運動。
午後の散歩は妊婦となったステラの日課だった。
そしてその日課には必ずといっていいほどアウルがつき合う事になっていた。
たまにスティング達が付き添いを替わる事もあったが、もっぱらアウルの役目だ。日差しの強い日はステラにきちんと帽子をかぶせたり、日傘を差してあげたり。雨の日にはレインコートに傘を。寒い日にはを暖かい物や手袋、厚手の靴下に下着。過保護とも言えるくらいの気の使いようだった。

今日のステラはピンクのリボンに白いディジーの花が飾り付けられた帽子をかぶせられ、いつものコースを歩いていた。大通りを向けて海沿いを歩く。ステラは光の角度でキラキラと色を変える海が大好きだ。これは昔から変わらない。アウルに腕を絡めてうっとりと海を眺めながら歩くステラをアウルは手の掛かる、と文句は言ってても口元は緩みっぱなしだった。

しばらく行くと街の憩いの場と待っている公園が見えてくる。
手入れの行き届いた芝生に心地よい日陰を作ってくれる並木。
清涼な空気を生み出してくれる噴水広場に白いベンチ。
そして小高い丘もある大きな公園だ。
海辺りに隣接している事から公園内の丘から海を見る事も出来た。
風が運んでくる潮の香りもする。

「少しここで休もうぜ」

芝生の上に来たアウルがステラに休むように促すその場所からは木々の間でキラキラと光る海面が見えた。
ゆっくりと膝を折って座るステラのすぐ隣にアウルも手足を投げ出して座った。
海風が彼等の髪を揺らしては通り過ぎてゆく。
アウルは瞳を閉ざしてしばしの間その風に身をゆだねた。
不意にシャツの裾を引っ張られ、目を開けるとステラが彼の方に頭を預けてきた。
アウルはふっと笑うとその金髪に頬を寄せ、再び目を閉じた。

「あとちょっとだな・・・・」
「うん」
「お前と子どもが元気だったらどっちでも良いから」
「うん」

風が吹く。
側で木の葉が揺れる音がする。
遠くで生命の母たる海が寄せては引く音がする。

「お前と子どもは僕が絶対守るから・・・・」
「・・・・ありがとう」

頬に感じた柔らかい唇の感触が妙に照れくさくてアウルは目を開ける事が出来ず、代わりにステラの手を握った。

あと少し。
もうすぐ、会える。
会えたらどう触れよう?
なんて話しかけよう?

海から吹いてくる風の中、アウルとステラはお互い身を寄せ合って、来るべき日に想いを馳せるのだった。






あとがき

おくれていました1000ヒット毎企画。
アウステベビー物語。1話から半年。
臨月間近になりました。
今回はミリィが顔を出しました。
ミリィの言葉からアウステが勝手に男女のベビー服をそろえてしまっていた事が発覚。
当初は男だ、女だと騒いでいたアウステですが、今ではどっちでも好いようです。
どっちかはもう・・・バレバレですが(笑)
おつきあいいただけると嬉しいです。
ここまで読んでくださって有り難うございました。