黒く塗りつぶされた闇夜に浮かぶ月。

耳をすませて聞こえてくるは風の音。


ひゅ・・・・・ぅ。


ゆれる葉の音。


カサカサ。
カサカサ。


風に流れる草の音。


ざざざ・・・・っ。
ざーー。









ごくり。


つばを飲み込む音が照明の落とされた薄暗い部屋の中で響いた。
ちかちかと光るテレビの明かりの前に毛布に包まった人影が二つ。
肩を並べてソファーの上に腰掛けていた。
ひとつは海と同じ蒼。
もうひとつは輝く金色。
暗闇の中で淡い光を放っている。

先ほどのつばを飲み込む音はどうやら蒼い方のものだったようだ。
その証拠に。
微動だにせず、画面を見つめ続ける金色に対して蒼いほうはカタカタと震えていた。



画面には深い森が映し出されている。
薄暗い部屋以上の闇に覆われた森。
そこへ月に呼ばれたかのように一軒の屋敷が闇夜に浮かび上がった

何年も無人だったようで人の気配はなく、朽ち果てた、木造の廃墟。
そして。
触れてもいないのに、 その腐った木の扉がきしんだ音を立てて開いた。


ぎぎぎ・・・・・いっ。



同時に。


「わっ」



ソファーの後ろからひょっこり顔を出したシンが水色頭の耳元で声を発した。
その瞬間。








「ぎいゃあああああああああああああああああ」








この世の終わりと言わんばかりの絶叫が近所の闇を震わせた。







う〜〜〜〜わんわん。


どこかで犬が退屈そうに吼えていた。
















サイレントナイト・パニック

















「何て事しやがんだ、このあほっ!!」
「なんて声出すんだよ、このばかっ!!」



薄暗い部屋の中で元気な怒鳴り合いが展開していた。
水色の跳ね頭は涙目になりながら紅玉の黒髪を睨みつけ。
黒髪の少年は耳元で絶叫された影響でいまだクワンクワンと鳴り響く
頭痛に頭を揺らしながら怒鳴り返す。

金の髪の少女は隣の喧騒にうるさげにテレビの画面を凝視し続けている。


「あれくらいで絶叫したくせに何威張ってんだよ!・・・・・てそれよりお前!!」
「あん?」


最初のショックから立ち直ったシンはソファー越しの光景に気づくと紅玉を吊り上げた。


「どさくさにまぎれてステラに抱きついてんじゃねーよ!!」
「抱きついてんじゃねー!!引っ付いているんだっ!!」


キーキーわめくアウルはステラの首に引っ付きながら、彼女の膝の上だ。
いわゆるお姫様だっこ状態というやつである。
ステラは、というとお構いなしにテレビを見続けていて、気にしねーのかよ、と
シンは内心突っ込まずに入られなかった。


「何屁理屈こいてんだよ、お前はっ!!」
「うるせーーーー!!」

「アウル、シン・・・・・・・うるさい」


アウルを引っ付かせたままステラがゆっくりと彼らを見やった。
その菫色の瞳には暗闇でも分かるほどの怒りが揺らめいている。


「「ひっ・・・・・・」」


アウルとシンはその表情に固まる。
ステラを怒らせたら手がつけられない。
彼女をなだめられるネオも。
押し付けられるスティングもすでに夢の中である。
助けてくれそうなものは誰もいない。

ここは自身の安全と平和のため。

二人は顔を見合わせてうなずくと、
アウルとシンはテレビを見続けるステラを残し、そっと部屋を出て行った。





「お前って怖がりなんだなー」


部屋に出るなりにんまりと笑うシンにアウルは猫目を吊り上げた。


「誰が怖がりだっ、ぼけっ!!」
「ちょっと声出しただけで飛び上がってじゃないかっ」
「うるせーーーー!!僕が怖いのはお化けとかユーレイとかだっ!!
暗いのが怖いんじゃねーよっ」


地団太踏みながら食って掛かるアウルにシンは怖いということに変わりは無いだろうと言う。
だがアウルは手足をバタバタさせながらもなおも反論する。


「お化けやユーレイにはパンチも蹴りも利かねーんだぜ!?
どーやってたたかうんだよっ!!ああっ!?」


要するに物理的攻撃の利かない相手が怖いというのだ。
あほかっと内心思うシン。
お化けなんぞいるわけがない。
子供っぽい考えというか。
ずれているというか。
これ以上問答を繰り返すのが非常にあほらしく思えてため息が出た。


「お札もってねーんだよっ!!れいりょくなんてないんだぞっ、僕は!!
どうやってケンカすんだよ!!」


そんなシンの心境も知らず、アウルはひたすらわめき続けていた。





『やってらんねーから、帰るっ!!くれぐれもステラに変なことすんなよっ』


シンが帰ってしまった後、一人部屋に帰るのが怖くなったアウルは
ステラとテレビの続きを見た。
冒頭に出てきた木造の屋敷はやはりお化け屋敷で、
怨念を持った親子の霊が住み着いていた。
そしてその家に立寄った者すべてを無差別に呪うというストーリーだった。
声にならない悲鳴を上げながらアウルは最後まで見たが、
あんなに怖いなら見ないほうが良かったと後悔した。
エンディングであの親子が成仏してくれればよかったのだ・・・。
結局勝利は親子側。
まあ続編が出ていたのだからそうなのかもしれないが。


番組をみたあと。
ステラと共に自分の部屋に戻ると、アウルは急いで布団にもぐりこんだ。
だが先ほど見ていたテレビの場面がちらつき、どうしても眠れない。


ひゅうう。
ガサガサ。


「・・・・!!」


布団を頭の上にまで引き上げて目をつぶった。
外の音にさえ過敏に反応してしまう。


「ただの風・・・・。ただの風・・・」


アウルは自分に言い聞かせるようにぶつぶつとつぶやく。



アウルは昔からお化けなどという類は苦手だった。
嫌いではない。
苦手なのだ。
怖いと思っていても聞きたいという好奇心のほうがいつも勝ってしまう。
そしてその後後悔する。
その繰り返しだった。


昔見たビデオで見た映画。


「あの映画に撮影したはずのないものが映っていたと言われていたな」


なんの気もなしにスティングが言った言葉。
和風ホラーの映画だったのだが、見知らぬ着物姿の子供が映ったと
大騒ぎになったのだという。


「あるわけないじゃん」


アウルはそのとき笑い飛ばしたけれど。
その場面に遭遇したときアウルは凍りついた。
人が立てそうにない絶壁にたつ着物姿の少女。
その少女は不意に顔をアウルに向けるとニタリと笑ったのだ。
画面の向こうからはっきりと。

スティングとステラは画面に女の子などいなかったと言っていたが
それより更に怖いことを言ってきた。


「見ている最中に部屋に俺たち以外の別の気配を感じたんだ。
ネオはいなかったし。誰かいたか?」
「・・・窓の当たり・・・・着物女の子がいたような気がした」


頭の中で絶叫を上げたアウルがその夜一緒に寝ようと持ちかけたが、
二人は気のせいだと取り合ってくれず。


「ガキじゃねーんだ。一人で寝ろ」
「狭いから嫌」


などと一蹴されてしまった。


「一緒に寝てくれなかったら一生祟ってやるぅ〜〜〜〜」


まあそれでも結局強引に3人で寝たが。





「・・・・」

「・・・・・・」

「怖いよう・・・・・」





余計なことまで思い出してしまい、
更に怖くなったアウルは布団の中ポツリとそうつぶやいた。





「う・・・・」


夢の中でステラはうなされていた。
夜中に見たホラーが悪かったのだろうか?
テレビで出てきたあの幽霊親子はしつこく、
確実に呪い殺すまでどこまでも追ってきて、
ヒロインの布団にもぐりこんで来るシーンもあった。


・・・・ちょうど今のように。


誰かが隣にいる・・・・?


違和感と恐怖を覚え、ステラはそ・・・っと目を開けた。
視界に飛び込んできたのは見慣れた蒼。
ステラはその物体を無言で蹴り落とした。


「ってぇ〜〜〜!なにすんだよっ」
「どうしてここにいるの」


床にしたたかに打ちつけた頭を抱えて文句をたれるアウルを
ステラは冷ややかに見下ろした。
ただでさえあの映画のせいで寝つきが悪いというのに
更に悪くなったではないかと抗議の視線だったが、
アウルは気づかず、非難がましく涙目でステラを見上げている。


「なんだよぉ〜。一緒に寝たっていーじゃんかぁ」
「ステラは嫌」
「ケチ。親子連れがきたってん知んねーからなっ」


親子連れとは夜見た映画のことだろう。
ぷうと頬を膨らませるとアウルは枕を抱えて部屋を出て行った。
向かったのはおそらくスティングの部屋だろう。


ひゅううう・・・・・。
がたん。
がたっ。
ステラは心なしか風が強くなった様な気がした。







「なんでこんなときにキョーボーになるかなぁ。アレの日かぁ?」


ぶつくさ文句言いながらスティングの部屋へと向かうアウル。
そのとき不意にひやりとした手が彼の肩に触れた。


「ぎ・・・むごぉっ!!」


悲鳴を上げそうになったアウルの口元を白い手が押さえた。
こわごわ振り向くとなんとステラ。


「なっ・・・・」
「仲間はずれ・・・・は・・・嫌」
「は?ばっかじゃないの?」


本当は怖くなったのだが先ほどのこともあってステラはそうは言えない。
だがそうとは知らず、アウルは仕方ねーなぁとため息をつくと彼女の手をとった。


「3人ははいっかなぁ?スティング図体デカイもんなぁ」


寒々とした廊下では二人の手の暖かさはとても心地よい。
そして二人だという心強さから先ほどまでの恐怖はすっかりなりを潜め。
顔を見合わせて笑う余裕も出来た。
二人きりで手をつなぐのも久しぶりだなと思うととても照れくさくて。
クスクスと二人は笑った。



同時刻。



『俺様の歌に酔いなっ!!』



オクレ兄さん、もといスティングの兄貴は自分のライブの夢を見ていた。
どういうわけか己の人格まで変わっていて、
サングラスにキンタローのような紫の腹掛け。
そして白いスーツといういでたちにエレクトリックギターまで抱えていた。
ぶいぶい言わせながらシャウトまでを入れている。


(俺ってこんな人格だったけか・・・?)


スティングはライブをしながらぼんやりとそんなことを考えていると、
急に場面が変わり、真っ赤な夕日をバックにしたグラウンドに彼は立っていた。


「うをっ!?」


そしていつの間にか『100kg』とでかでかと刻まれたブロックの塊が腰にくくりつけられている。


「なんじゃこりやぁっ!俺はサイボーグじゃねーんだぞっ!?」


やってられっか、とはずそうとロープに手をかけたとき、
どこからともなく現れたアウルとステラが無垢な瞳をきらきらさせて彼を見ていた。


な、なんでここにアウルたちがっ!?


素朴な疑問が頭をよぎったが、次のせりふでその疑問はあっという間に霧散した。


「ファィトぉ、兄きぃっ!!」
「おにーちゃん、がんばれぇ!!」


スティングは思わず鼻血を拭きそうになった。
可愛い弟と妹が
『おにいちゃん』と応援してくれているっ!!
くっそ、100キロがなんだっ!!
お兄ちゃんパワーを見せてやるっ!!


「うをををををををっ!!!」









「・・・・う”−ん。う”−ん。お、重い・・・・・」


スティングは寝返りを打とうにも両脇にいる物体のせいでそれもままならない。
両脇の『物体』。
右腕の下にはステラが毛布を抱えて。
左腕の下にはスティングのシャツをしっかりとつかんだアウルが。
それぞれスティングの両脇に陣取ってすやすやと寝息を立てていた。


「見、見ててくれ・・・・っ。にーちゃんは・・・・・がんばるぞ・・・・・!!」


重りの正体がこの二人だとは露知らず。
スティングの兄貴は夢の中で夕日のグラウンドを必死に走り回っていた。


『おにーちゃん、カッコいいっ!!』


3人以外誰もいない夕日のグラウンドにアウルとステラの声がこだまする。
至極平和な風景であった・・・・。






カーン。
ころころ。


「うぃーっく。上司が、会社がなーんだっての。にゃろめぇっ!!」


スティングたちの家の外では
どこかで酔っ払いが缶を蹴っ飛ばす音が聞こえてくる。
若干の例外はあるものの。
夜は静かにふけていくのだった。
















あとがき

素敵なイラストをくださったさとっこ様へ。
メールであった怖がりアウル。
そして川の字三兄妹。
SSにしてみました。
つまらないものですが,捧げますv
トップ画のことも承諾していただき、本当にありがとうございました!

ちなみに映画は『呪音』がモデルになってます。
あと怪奇ものって映してないはずのも映るって結構あるみたいですよね・・・。