「インチキーーーっ!!」




どんがらがっしゃーん。
台所から聞こえてきた金切り声と何かをひっくり返す音に俺は読んでいた新聞から顔を上げた。二人の子供をあやしていたステラも顔を上げて同様に声のしたほうを見やった。


「あぶー」
「・・・・・」


ご機嫌のは物音に興味を持ったのか、大きな目をきょときょとさせていたが、兄のは全くお構いなしに自分の指をしゃぶっている。少し前にと一緒にステラから母乳をもらっていたばかりだというのに、どうやらのやつは早くもまた腹をすかせているようだ。なんて食い意地の張ったやつだ。そこんとこは早くも父親に似てきていて、俺としてはとても心配だった。

ただでさえアウル一人でも頭が痛いのに、アウルが二人になってたまるか。幼少時からこのチビ達をまっとうな人間として育てる義務がこの俺にはあるんだ。いや、もはや使命だ。俺の、そして周囲の今後の平和と幸せのために!!それはさておき。

アウルのやつは何を騒いでいるんだ?


にミルクをやりたいのに、赤ん坊のミルクの温度は人肌って書いてあるんだぜ?」


床に大量の育児本を錯乱させ、アウルが足を踏み鳴らしている。
・・・・ああ、そうか。
それで確かアウルのやつがに餌・・・・じゃなかったミルクをやるなどといって台所に立ったんだっけ。
ステラの母乳の出もいいので今まで粉ミルクなどは使わないできたが、赤ん坊は二人。そして長男坊の食欲(とでもいうのか?)はとにかく旺盛だったのでようやく哺乳瓶の出番となったわけだ。ステラたちが退院してきたばかりでなかなか自分の出番がなく、しょげていたアウルがようやく自分の出番だと、張り切っていた矢先のことだった。
それなのにあいつは何故怒っているのだろうかと俺は思った。


「それがどうした」
「ああ?ヒトハダってのは何度なんだよっ!!どこにも書いてねーじゃねーかっ!!」
「は?」


何のことだと、アウルの手元をよくよく見るとご丁寧に温度計が握られていた。
馬鹿か、こいつは。理科の実験じゃねーんだぞ。
こいつはこんなんで父親が務まるのか?
早くも不安になってきた俺だった。





















アウステベビー物語

第10話
アウルパパたち、てんてこ舞い




































「人肌人肌・・・・っと」
「熱くない程度にちょうどよければいいんだよ」
「それが分かったら苦労ないっつーの」


ミルクの入った哺乳瓶を振りながらアウルはその温度を確かめている。スティングのアドバイスでもなかなか人肌の感覚がうまくつかめず、先ほどから暖めたり冷ましたりの繰り返しをするアウルをスティングはやや呆れ顔で見守っていた。


「貸せ」
「ヤ、だね」


手を差し出したスティングの手を振り払い、アウルはまるで猫のように全身の毛を逆立てシャーっと彼を威嚇した。てこでも譲りそうにない弟分にスティングは眉尻を下げて笑うと、ステラのほうの長男坊を親指で指し示した。


「なら早くしてやれ。いやしんぼがお待ちかねだぜ」


ステラに抱かれた長男坊がよだれでべたべたの顔でこちらを見てニコニコしている。


「いやしんぼゆーな!!」


可愛い息子の笑顔にぶすっとしたアウルの表情が緩み、彼は張り切って再び台所へと向き直った。でもなかなか踏ん切りがつかないようでこの温度でいいのか。もう少し下げたほうがいいのか悪戦苦闘している。


「菓子のレシピでも少々、ってーのがあるだろ。なんで出来ないねーんだよ」
「だってさ・・・・赤ん坊のミルクは初めてなんだよ。何とかなるだろ、と思っていたけど実際やってみるとさ」


心配で心配でとアウルは肩を落とす。
以外に小心なとこもあるんだよな、と口には出さず、内心そう思いながらスティングはクスリと笑った。


「熱すぎない程度に暖めてやれ。ぬるくても飲めるんだ。むしろぬるい方が飲みやすいだろう」
「え・・・あ・・・・うん」


兄貴分の提案にアウルは少し迷いの表情を見せた後。
素直にうなずいてミルクを手の甲にたらしてその温度を確かめた。

ほんのり暖かい。

ぬるいかもしれないけれど、やけどをさせるよかいいかと決心するとアウルは慎重な面持ちでスティングたちのほうへと振り返った。


ただミルクをやるだけなのになんで戦場に行くみたいな顔してんだよ。


大事そうに哺乳瓶を抱え、一歩一歩床を踏みしめて赤ん坊の元へと向かうアウルに笑いをこらえながらスティングは見守る。ステラもアウルの表情につられて真剣に彼と向き合い。うやうやしく腕の中の赤ん坊を彼に差し出した。
傍から見たらなんとも滑稽な光景だが、当の本人たちは真剣そのもの。が哺乳瓶の先っぽをくわえて口に含むのを二人はジーっと真剣に見守る。


そして。


ちゅぱちゅぱと音を立ててが哺乳瓶からミルクを飲みだしたとき、二人の間から歓喜の声が上がった。


「いやったああああああっ!!飲んでる、飲んでるっ」
「良かったね、良かったね・・・・・アウル!!」
「あーあうっ」


ステラに抱かれたままのもう片方までもが一緒になって喜んでいた。なんで両親が喜んでいるのか分からないのだが、賑やか好きのにとって二人が喜んでいる事が重要なのだろう。


「スティング!見ろよ、ちゃんと飲んでるぜ!!」

「はいはい」


おめでとうさんと言ってやるとアウルは得意げに胸をそらす。僕も立派なパパだっ、うんそうだねというアウルとステラの会話にスティングはまた顔をほころばせた。
自信を持った弟分。
この分なら子育ては順調と思われた。


ところが。


「うげーっ、のヤツ、ミルク吐きやがった!!」


ミルクを全部飲ませて満足そうな顔をしていたが突如飲んだミルクを吐いたのだ。彼を抱いていたアウルのトレーナーがミルク色に染まり、ミルクの匂いがあたりに充満する。壮絶な光景にしばし呆然となったアウルたちだったが、一番先に復帰したステラがアウルに問うた。


「アウル、にげっぷさせた・・・・?」
「げっぷ?なんだよ、それ」
「飲んだあと、背中をね・・・・ポンポン叩いて、げっぷさせるの・・・・」
「あ、忘れてた」


赤ん坊はミルクを飲むとき、空気も一緒に飲み込んでしまうという。その空気を出してやるためにミルクを飲ませたあとは背中を軽くさするなり叩いてやるなりして空気を出してやらなければならない。そうしないと肺と腹を圧迫された赤ん坊は苦しがって泣くのだ。


「でも、泣かなかったから・・・・どうしよう・・・・、大丈夫かよ・・・・」


赤ん坊の代わりにアウルがベソをかきだした。
ミルクを吐いたぐらいのだ、大変だと思ったのだろう。
だが、そんなアウルとは裏腹にのほうはミルクまみれの顔のままニコニコと笑顔だ。
赤子の代わりに泣き出しそうなアウルにステラがあわてて手を伸ばして頭をなでた。まるで赤子をあやすように。



「アウル、、大丈夫・・・・。ほら・・・・笑ってる、この子。ね・・・・?」
「でもミルク吐いちまった・・・・・」
、げっぷさせなくても泣かないけど・・・・吐くの。いつものこと。ステラも最初、よくやった」
「え?」


ステラの言葉にアウルが顔を上げた。
ステラは彼の頭をなでてやりながら、ほら、とアウルの膝もとの赤ん坊を見やった。


「いつもの、こと。だから・・・・大丈夫・・・・。、笑ってる」
「ほれ、すごく満足そうな顔してんじゃねーか」


スティングとステラの慰めにアウルが鼻をすすりながら赤ん坊を見やるとニコニコと笑う赤ん坊と目が合った。さっきの状態のままミルクまみれだが、赤ん坊は血色のいい頬を紅くしながら満足そうに笑っていた。


「全部、吐くわけじゃ、ないの。だから・・・・大丈夫。吐くのはちょっと、だけ」
「これでちょっとかよ。まぁ、あれだけのミルクを空にしたもんな、お前。腹は八文目までというんじゃんか。詰め込むだけ詰め込んでどうするよ」


ようやく笑顔に戻ったアウルにステラとスティングが安堵の息を漏らす。に言われている事が分かるはずも無く、彼はただニコニコと笑っていた。その笑顔にほわほわとした感情がアウルの心に広がり、満たされてゆく。


「可愛いなーお前」


がミルクまみれだった事を忘れ、可愛い可愛いと頬ずりをしたアウルにべっとりとミルクがこびりつき、アウルがおげぇと悲鳴を上げた。


「アホかっ、お前は!!先に拭いてやれ!!赤ん坊の肌がかぶれるだろうが!!」
「タオル・・・・タオル・・・・」


スティングの声にステラが赤ん坊を抱えたままタオルを取りにパタパタと台所へと向かう。
こんなふうにアウルも赤ん坊同様、手がかかりそうだった。
そして片割れのといえば。
自分が仲間はずれになっていると感じたのか。
むすっと不機嫌そうな顔でステラに抱かれたままでいた。


それからというものの。


が泣きやまねーステラぁーーーー早く帰ってきてくれよぉーーー」


ステラが買い物に出ている間、泣く赤ん坊をかかえて同じように泣き出すアウル。


「ひゃーーーー!!こいつら二人揃ってお漏らししやがった」
「ぞうきん、ぞうきん」
「おい、はやくおしめ代えてやんねーと肌がかぶれるぞ」
「わかってる・・・って。てめぇ!!人の娘脱がしてんじゃねーよ!!」
「銃振り回すな、この馬鹿!!」


おもらし騒動では荒れるに荒れ。
そして時にはの夜泣きにも悩まされ。


「ぐぅ・・・・」
「おい!客の俺に仕事させて寝るな!!あ〜〜〜ステラも!!」
「お兄ちゃん・・・・あと・・・・よろしく」

「兄ちゃんは頑張るぞ!!」

「・・・・お兄ちゃんか。魔法の言葉だね・・・・クス」
「お前まで巻き込んですまん、キラ」
「いつものことだし、いいよ・・・・あとでラクスの機嫌なおすの手伝ってくれたら・・・・」
「マジですか」
「言っておきますが・・・・僕はその事に関しては一切関知いたしません」
「ソキウス」
「嫌です」
「は・・・は・・・は」





このようにアウルをはじめとするふぁんたむ・ぺいんの住民たちは可愛い双子たちに振り回される日々を送るのだった。
















「ぎゃぁーーーっ赤ん坊が俺の大事な携帯を涎でべとべとに・・・っ!ま、マユぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
「ぐうぅ」
「スヤスヤ・・・・」

























あとがき


記念すべき10話めです。
前回から大分経ちましたが、物語は9話からわずか2、3日後。
管理人の経験に基づいた実話も入っています。
人生の経験もまだ少ないペインたち。
母性でなんとかやっていけているステラママさんはともかく、アウルパパは大変。オクレ兄さんも面倒見る対象が増えてもっと大変(笑)
周囲の協力があってこそ、の子育てですね。

ここまで読んでくださってありがとうございました!