携帯ゲーム機から軽快な音楽が飛び出し、その持ち主にゲームクリアの旨を知らせた。チカチカと瞬く派手な画面効果から自分がこのゲームを攻略したという事実にアウルがにんまりと笑うと、絵本を手にして向かいに座っていたステラが顔を上げた。
ゲームに熱中しているアウルの邪魔をする事は彼の機嫌を損ねるという事を幾度となく繰り返してきた自らの行動から学習したステラは彼のゲームクリアを待ちかまえていたように彼の座っていたソファの隣に滑り込み、持っていた絵本を彼に見せると何やら懸命に話しかけた。
ゲームを攻略した事で上機嫌なアウルはいつものように彼女を邪険に扱うような事はせず、ステラの言葉に黙って耳を傾ける。

「七夕伝説ぅ?」

だがその沈黙も少年のやや相手を小馬鹿にしたような声によって破られた。つまらなさそうに鼻を鳴らしたアウルに気を害した様子もなく、ステラは嬉しそうに頷くと、手にしていた絵本を彼の前に広げて見せた。

「うん。引き裂かれた織り姫と彦星が一年に一度、7月7日の七夕に会えるんだって。お空の上の天の川にカササギが橋を造って二人を会わせてくれるの」

ステラは絵本を胸に会えるといいねぇと天井を見上げると再びアウルに視線を戻して続けた。

「その天の川ってとっても綺麗だよ、ってネオが言ってた。スティングと一緒に見よ?」








光る海












「くっだらねぇ。元から正せば、牽牛と織り姫って仕事さぼったから離されたんだろぉ、自業自得じゃん?殺されなかっただけマシだと思うけど」

まもなく部屋に戻ってきたスティングにアウルがそうぼやいてみせると、彼は夢も何もねえことを言うと顔をしかめた。確かに彼等エクステンデットは用途を為さないときは処分だけが待っている。それを敢えてステラの前に突きつけて夢を壊す事もないだろうと思ったのだ。

「ステラにそんな事言ったのか?」
「ああ?言ってねーよ。あの脳天気っぷり見てると言う気もしないね」
「ならいい」
「?」

無意識とはいえ、アウルが自分が感じた事を分かっていてくれたという事実に嬉しさを覚えてスティングは僅かに口元をほころばせた。この天の邪鬼にステラの事を気遣っているという事実を言ったりするとムキになって否定するだろうし、何も今わざわざかき回す事もしなくてもいいだろう。いつか。そしてゆっくりと自分の気持ちに気付けばいい。それまでは自分がフォローを入れてやればいい事なのだから。

「・・・・そういえばステラは?」
「ん〜?さあ?ただ今この時期雨が多いじゃん?7日、晴れるのかよ、って言ったら部屋を飛び出していった」
「・・・・・」

無意識とはいえ、一言多いのも大いに問題だな、とスティングは溜め息をついた。









「やっぱ部屋にいた。飯だぜ?行かなぇの?」

しばらくしてステラの部屋を覗いたアウルとスティングは隅で何かを熱心に作っている彼女を見つけた。入り口からでは彼女の背中で何をしているか見えない。
アウルとスティングが部屋にはいって彼女の肩越しからのぞき込むと目に飛び込んできたのは無数のてるてる坊主達だった。白いのやピンクの、蒼いのまでいる。その中の蒼いのを見やると、見覚えのある色と模様にアウルは顔をしかめた。

「おい・・。このてるてる坊主、僕のハンカチじゃん!ずっと無いと思っていたらお前持ってたのかよ!」
「やー」

怒って水色のてるてる坊主を取り上げようとすると、ステラはそれを彼からかばうように抱え込むと首を振って拒絶の意を示した。その必死な様子からしててこでも返しそうにない。スティングは諦めろと苦笑いをしてアウルの肩を叩く。

「・・・あの緑色のヤツ、スティングのやつじゃね?」

不満そうに口元を一文字に引き結んだアウルが指さした先にはやはり見覚えのある緑。それもスティングの気に入っていたハンカチで、よくよく見ると色つきのピンク、蒼、緑のてるてる坊主は3人揃いで買ったハンカチだった。だが、今更自分の言葉を撤回できない。ステラの気が済むまで貸しておいておくかと白いてるてる坊主達の方へと視線を移すとふと他の白いてるてる坊主達に出所が気になった。

「ステラ、こいつらのはどこから・・・」
「あれじゃね?」

アウルは半ばあきれかえったように顎で指し示した先にはずたずたに裂かれたシーツの残骸・・・・。なんて事をスティングは頭を抱えると呻くようにステラに問いただした。

「何でこんな事をしたんだ、ステラ?」

ステラは罰が悪そうにうつむいたが、やがて顔を上げるといつもの剣呑とした瞳ではなく強い意志が宿った瞳でスティングを見返した。

「・・・晴れなかったら橋が流されちゃって織姫と彦星が会えなくなる・・。可愛そう。それに・・・、そしたらステラもアウルやスティングと離されてしまう気、した。・・・ステラも織り姫のようにアウルやスティングに会えなくなるの、嫌」


どうやらステラは織り姫と自分を重ねてしまっているようだ。さしずめアウルと俺は彦星か?とつぶやくと、アウルは傍らでうえぇと顔をしかめた。

「なんでこんなバカと恋人やんねぇといけねぇんだよ」
「素直じゃねぇな」
「バカ言ってんじゃねーぞ」

ますます不機嫌そうに顔をしかめるアウルをこれ以上からからかうのは今の事態に悪影響を与えるような気がしてスティングはそれ以上の追求をやめ、今だ懸命に作業を続けるステラを見やった。

「・・・・とにかくステラは俺たちが離ればなれになる気がしてならねぇらしい」
「・・・・・ばっかみてぇ」

アウルはぶっきらぼうにそうつぶやいたが、何を思ったのか、ステラの傍らに座り込むと同じようにてるてる坊主を作り始めた。ステラはそんな彼に愕いて目をぱちぱちさせていたが、できあがっていく坊主達にふわりとした笑みを浮かべると、彼に負けじと作業を再開させた。
すっかり人形作りに夢中になって食事を忘れている二人をほほえましく見守りながらスティングは彼等の分の夕食を取りに行くためにその場を後にするのだった。

そしてステラが待ち望んだ7月7日。
だが。
アウルと共に沢山のてるてる坊主を作ったにもかかわらず、
その日は朝から雨だった。
空はどんよりとした厚い雲に覆われ、空の一片さえ見る事が出来なかった。

「いっぱい作ったのに・・・」

ステラの桜色の唇が震え、大きな瞳にみるみる涙が溢れてゆく。スティングは掛けてやる言葉が見つからず、ひたすら彼女の頭を撫でてやる事しかできなかった。

「あ〜、うっさいな。めそめそすんじゃねーよ。降っちまったもんはしょうがねーだろぉ?」

そんなステラを同じように窓を見やっていたアウルがきつい言葉を投げかけた。またか、とスティングが彼をとがめようとするとアウルはステラの頭をポンと叩いてこう付け加えた。

「・・・・心配ねーよ。お前さ、俺等の相棒の事忘れたの?」
「相棒・・?」

アウルの言葉にステラは涙を忘れた首をかしげて見せた。そう、相棒とアウルは頷いて、窓を見やった。外では相変わらず雨が降り続いている。

「僕のアビスの特技忘れた?こんな雨が降って天の川が氾濫しても泳いでいけるし、スティングのカオスなんかひとっ飛びだぜ?お前は黙って反対側で待ってればいいじゃん」
「あ・・・・」

彼等の相棒がいる限り、雨が降っても例え橋が流されようともステラの元へたどり着ける。アウルの言葉にステラが、そしてスティングが目を見開いた。ぶっきらぼうなアウルの言葉の端々に彼女への思いやりが見え隠れする。口元に笑みを浮かべ、彼の言葉を肯定するようにスティングも頷いた。

「・・・だな。いつだってどこだって駆けつけてやる」
「うん・・・」


安心したようにステラが微笑むとスティングも同様に微笑んだ。後ろでアウルも照れくさそうにそっぽを向いている。臆病で優しいステラ。感情の表現が不器用な弟分。そんな彼らがスティングにとって大切な存在そのものだ。何よりも替えがたい・・・宝物。

「なあ。雨が上がってきてんじゃね?」

遅い夕食を取っていたアウルの言葉にスティングが窓を見やると確かに雨脚が徐々に弱まってきているのが分かった。

「・・・もしかしたら止むかも」
「本当っ?」
「ばぁか。もしかしたら、だよ」

嬉しそうに身を乗り出すステラにそうは言ったものの、アウルの目も期待に輝いている。二人のためにも雨が止んで欲しいとスティングは願わずにはいられなかった。

「雨も弱まってからちょっと出てみようぜ?」
「ステラも行く!」
「おいおい」

止むのを待ちきれないというように外へ飛び出したアウルの後をステラが追う。そんな二人に苦笑しながらもスティングも後を追った。

看板に出て空を見上げる3人。
朝からしとしとと降り続けた雨は
彼等の願いに呼応するかのように徐々に弱まっていき。
空を覆っていた灰色の雲が晴れて行くと、瞬く星が姿を見せ始めた。
そしてそれからまもなく一面の星が散らばる空が彼等の前に広がっていった。

「どれが天の川かなぁ?」

空を見上げて天の川を探すステラにスティングは丁寧な説明を加えながら、星々を指し示してゆく。

「あの東の空高く最も明るく光っているのがこと座のベガ。織姫だ。その少し南東、明るく輝くわし座のアルタイルが彦星。その間に流れる光の雲のようなものがが天の川だ」
「さっすがぁ。本を読んでいるだけあるじゃん?」

そんなスティングに感心したようにアウルがひゅうと口笛を吹いた。無数のが瞬く空にスティングの説明した方向に確かに光の雲が瞬いていた。
ステラは言葉なく、ただ桜色の瞳を輝かせ、星の海に魅入っている。

ミルキーウェイ(天の川)。
まるで空にミルクをこぼしたかのようにその形や濃さは一定ではなく、
幅の広い部分や幾重もの筋にも広がって輝いている。
勇者ヘラクレスが女神ヘラの乳を吸ったときにこぼれでた乳が天の川となったいうギリシャ神話の通りだな、とスティングも感嘆の息を漏らした。

この星空は人工灯の溢れる街ではまずお目にかかることはできない。
いくら晴れていよううが、人工の光によって星の輝きは弱まってしまうから。
高い壁に囲まれ、サーチライトの飛び交っていたラボではこれほどの星を見る事は出来なかった。星の海というより光の海というほうが一番近い比喩かもしれない。余計な光の少ないこの海の上だからこそ見れたのだろう。

「織姫と彦星、会えたかな?」
「会えたんじゃねぇの?お前の頑張りが効いたんだろ」
「・・・ステラだけじゃない。アウルもいっぱい頑張ってくれたもの」
「あー、はいはい」

隣でアウルとステラが語り合う声が聞こえる。
戦いの激化してゆく中での一時の安らぎ。
願わくばこの時間が続いて欲しい。
3人穏やかに過ごせたらどんないいだろう。
叶わぬ願いだと分かっていても、
眼前に広がる星の海にスティングは願わずにはいられなかった。







あとがき

7月にちなんで七夕もの。
アウステのお題ですが、季節限定で、しかも兄さんの視点のホノボノ?アウステとなりました。7月発売のスティングとアウルのスーツCD、ステラも出るとの事。この3人、やっぱり大好きです。