僕には大事なものなんてない。 想うとか愛しむとか、そんなものはもっちゃいない。 そんなものは当に忘れた。 そう、思っていた。 大事な事忘れているような気がするんだ。 『何だよ?大事なものってのは』 モニター越しのスティングは揶揄するような口調だ。どうせたいした事じゃないのだろうって笑っている。 「それが分からないっつーの!」 たいした事じゃない、じゃねーんだ。本当に何か大切な事を忘れているような気がするんだ。普段からお前のように真面目君やっているわけじゃねーけどさ、今は冗談を言う気も軽口叩く気もしない。 なんだろうって、すっごく気にかかるんだ。 まずはメンテナンスベッド。 一つが空席。 合わない歩調。 広すぎる僕とスティングの距離。 そして。 「やっぱ何にもねーよな」 モニターから見えんのはぽっかりと開いた空間。 まるで僕の後ろにもう一機あったようななかったような。 『おい?』 「なんでもねーよ……」 スティングが心配そうな顔をしてモニター越しに僕を見ている。普段はアイツに向けられている顔なのに珍しい。 ……アイツ? アイツって誰……? 『アウル?』 『あうる』 スティングの声に混じって聞こえるはずのない声が聞こえる。たどたどしくて舌足らずで、頼りなさげな声。 なにやってんだよ、馬鹿。 しかたねーな、馬鹿。 そんな声に向かって僕はいつもそんな事を言っていた。でも誰に……? 「だからなんでもないっツーの!いい加減あの船沈めてやろーぜ。あの合体野郎も見飽きた」 僕は首を振ると、心配そうな顔をしているスティングに向かって笑って見せた。 不安を振り払える、皮肉を浮かべた顔。 ちゃんと、そう見えているかいまいち不安だったけれど。 『……ああ、そうだな』 スティングの声を耳に僕は目を閉じた。 そう、ウジウジ考えて仕方ない。思い出せないものは思い出せない。思い出せないのはきっといらない記憶だから。 そう。 いらない記憶。いつだってそうだった。いらない記憶は消される。それだけ。 でもさ。 今はそれがとても哀しかった。その記憶を無くした事が、思い出せないことが、信じられないくらい哀しくて。スティングにばれないように上を向いて、溢れそうになる涙を飲み込んだ。 俺らに大事なものなんてない。 あるのは戦うための体。壊れて使い物にならなくるまで戦うのが俺らの存在意義。僕に大事なもの、と思える心なんて持ち合わせていない。そんなものなんて当に捨てた。 残っているわけないんだ。 スティングが死んでも僕はきっとあとくされも無く忘れて戦い続けるんだろうな。僕に人間らしい心なんて残っているわけがない。大事なものなんてなおさら。 ……そう思っていた。 ちらちらと鼻先を掠める色。 金とすみれ色と。 桃色。 そして……なぜか蒼。 光を伴ってついたり消えたり。 記憶の狭間を横切ってゆく、風のように。 つかみ取れない、もどかしい残像。 遠い、記憶。 なんだろうな。 「今日は緑かぁ〜〜っ!!」 そんな苦しい気持ちも因縁の相手を見たとたん吹き飛んだ。 アイツだ、今日こそ墜としてやる。 ザフトの合体野郎。赤だったり青だったり、まるで信号みたいで形態も会うたびに変わっている。ホント目障り。なんともいえない高揚感に僕は我を忘れて突っ込んでいった。 「いい加減見飽きたんだよ、そのかおぉーーーっ!!」 手持ちの武器がぶつかり合い、その衝撃が機体ごしにビリビリと伝わる。 散る火花越しに見える、ロボットの顔。パイロットはどんなヤツだろうね。まぁ知ったこっちゃないけれど。 「あっははははっ!死ねよ、お前ーーーー!!」 僕は興奮とスリルで馬鹿みたいに笑っていた。さっきまではあんなに哀しいと泣きそうになっていたくせに。やっぱり、僕は心のない人形なんだと、この戦う瞬間こそ全てなんだと僕は実感した。 『あうる……かなしい……?』 哀しい? なにが? 「ばかばかしい」 僕は鼻で笑った。 「楽しくて仕方ないっつーのになにが哀しいんだよ?!」 合体野郎とぶつかり合っていると、途中またあの白い機体が割り込んできた。フリーダムとかいっていたっけ。前大戦で最強と唄われたガンダム。後ろにはアークエンジェルとか言う裏切り者の戦艦。 戦中勝手に裏切って、停戦になると後始末もしないで今まで消えていたくせに今頃になってシャリシャリと出てきやがって。ある意味ザフトより性質が悪い。畜生、また邪魔する気なのかと思うと猛烈に腹が立った。 あの緑の機体は僕のもの。 誰にも渡さない。 二度と手放すものか。 『寂しいの?』 ちがうちがうちがう。 僕はそんな風に思う事はない。だって僕は兵器だから。人間じゃねーんだよ。 「どこ見てんだよ、コラぁ!!!」 緑のヤツはフリーダムとかいう白い機体のほうに気を採られていて、無視されたのかと思うと悔しくて歯がみをした。 なめられてる。 戦う事しか出来ない俺ら。 帰るところのない俺ら。 思い出もない俺ら。 本当にそれしかなくて。 他に何もない。 こっちは一途にぶつかって行っているのに、敵さんは悠長に余所見ですか。 「馬鹿にしやがって」 自分の存在を否定されたようで目の前が真っ赤になって渾身の攻撃を放った。ビームのシャワーが緑の機体に肉薄する。 捕らえた……と思った矢先。 「えっ?!」 余所見をしていたと思っていた機体は信じられない反応速度で背中の装備を切り離して僕の攻撃をさけると、手にしていたビームジャベリンを突き出してきた。 捕らえた、と思っていた油断と隆起した水柱で視界を取られ、気づいたら激しい衝撃と共に僕は海へと放り出されていた。 「あ……?」 痛みは一瞬だった。 すぐに何も感じられなくなって、指一本さえ動かすのが億劫なくらい体は重く。 怒涛の勢いで流れ込んできた海水が感覚が遠くなった僕を瞬く間に包み込む。 機体の裂け目から覗いた蒼い空……そしてキラキラと輝く水面。 蒼。 青。 『……あお』 蒼にまぎれて白いドレスの裾が翻った。 太陽の下で揺れる金色の光。 覗き込んでくる茫洋としたすみれ色。 桃色の軍服。 そして、蒼。 あおい、蒼い海。 バラバラになっていたパズルのピースが一つになり、遠かった記憶が鮮明になる。 「ス……テラ……」 思い出した。 「ス、テ……ラ」 思い出せた。 僕の、大事なもの。 どうして忘れていたのかな。 ずっとずっと一緒だったのに。 とても大事だったのに。 あんなに……。 あんなに好き、だったのに。 「ステラ」 ゴボリ。 声にならなかった言葉が泡となって上って行く。 ステラ、あいついなくなったんだ。 だから僕は、スティングはアイツの事忘れさせられたんだ。いなくなったあいつの記憶はもう、いらないものになってしまったから。 どうしてそんな事するんだよ。 分かっているけど、分かっているけれど、あってもいい記憶じゃないか。 スティングのヤツ、きっと知らない。 あんなにステラを可愛がっていたのに。 そして僕がいなくなったらきっとアイツ、僕の事も忘れせられてしまうんだろうな。アイツ、強く見えるけれど、ホントは俺らの誰よりも弱いのに。 俺らがいなくなって記憶まで取られたらあいつはどうなっちまうんだよ。 ……でも。 僕は思い出せた。 大事なものなんて何もない、戦うことしかないってそう思っていた僕が自力で思い出せたんだ。 あったじゃないか、大事なもの。 記憶操作されても消えなかったくらいの想いが僕の中にあったんだ。 スティングだってきっと……。それがあいつにとって幸福なのかどうかは分らないけれど。もしかしたら忘れたままの方がいいのかもしれないけれど。 ステラ。 スティング。 ……僕の大事なもの。 スティング、ごめんな。 悪いけれど、僕、先に逝く事になりそうだ。ステラがこの先できっとおろおろしているだろうから面倒見てやらねーと。 僕がステラの面倒見ているからお前はまだ来なくていいよ。ううん、来て欲しくない。 俺らの分までどうか長く生きて。 ステラ。 ずっと忘れててごめんなぁ。 でかい口ばかり叩いていて守ってやれなくて優しくして上げられなくてごめんな。 また逢えたら今度こそ傍にいて守るから。 もう少し優しく出来ると思うから。 また逢えたら一緒に海を見よう。 一緒にバスケをしよう。 一緒に歌おう。 ゆらりゆらり。 ステラの好きだった海が視界の中で揺れている。 意識が遠のいて行く。 ゆらりゆらり。 僕はゆっくりと目を閉ざすと、深い眠りの中に身をゆだねた。遠くで僕の名を呼ぶ声がする。 逢いたい。 逢いたい。 逢いたい。 逢えるよな? いつかまた三人めぐり逢える日を僕は、信じてる。 あとがき 大分前に書いたのを完成させました。以前アウステアンソロで書いた部分も若干入っています。 |