真心 耳元で波のざわめきが聞こえる。 ステラが、目を開けたらそこは……日の沈まない国だった。赤々と燃える夕日に照らされた海は蒼くて、そして紅かった。そして白い、砂。砂の粒がとても小さくてさらさらする。 押し寄せては引いて。 押し寄せては引く、波。 白い泡がはじけて消える。 大好きな海。 前に見たのはいつだったかな。 とてもとても昔に思えた。 最期に覚えているのはステラの手を握っていてくれたシン。ちゃんと会いにきてくれたのに、会えたのに泣いていて。笑って欲しくて一生懸命笑った。好きだと言った。 シンはね、ネオやスティング、そしてアウルと同じくらい好きだったよ。初めて会ったのに助けてくれて、手当てをしてくれてありがとう。優しくしてくれて、ありがとう。 あ。 ありがとうって言うの、忘れてたな。 でももう戻れないんだなぁ。 死はとても怖かったけれど、本当はね、そんなに怖く、なかった。誰かが傍にいてくれただけでとても暖かかった。寂しくなかった。 ネオもスティングいなくなって。アウルはいなくて。とても怖かったけれど、シンがきてくれたから怖くなくなった。 ありがとうって言いたかったな。 みんな、どこに行っちゃったのかな。 まだどこかで、怖いものと戦ってるのかな。 怖いものは嫌い。 優しい人は好き。 ネオもスティングもシンもやさしいから、好き。アウルも意地悪だけど、時々優しいから好き。 アウル。 ネオも皆いたのに、アウルはいなかった。 どうして、いなかったの……かな。 ……。 ううん。なんとなく、分かっていた。 アウル、いなくなったんだ。 海に還ったってネオ、言っていたから。 そしてもう帰ってこないとも。 アウル、もう先に行っちゃったのかな。 遠く、いっちゃったのかな。 急に寂しくなって歩き出した。 大好きな海も今は目に入らない。 ねぇだれか、いないの、かな……。 いるのなら返事して……? 一人は……嫌だよ。 つーん……って鼻が、痛くなった。 涙が出てきて、溢れて落ちた。 唇が震える。 声がでる。 ステラ、泣く。泣いて歩く。 でも、誰も来ない。 ……だからステラは、歩く。 ステラを、待っていてくれるかもしれない、誰かを。 手を引いてくれる、暖かい手を、探して。 泣きながら、探して、歩く。 いっぱいいっぱい泣いて。 いっぱいいっぱい歩いて。 もう涙が出なくなったとき。 見覚えのある色を見つけた。 どこまでも続く砂の上に。 忘れられたみたいに。 ぽつんって点のように。 ずっと遠くに、あった。 目を凝らして見た。 水色の髪。 覚えのある、形。 見慣れた青い、軍服。 ……息が、止まった。 ステラが探していた、ひと。 海に裸足の足、いれてぼんやりと空、見ていた。 アウル。 ステラは走り出した。 どんどん近づいていく。 見えてくる。 声が届きそうなところまで走って。 声を出して、呼んでみた。 ステラの声でびっくりしたように肩が大きく動いて大好きな色が振り返る。 アウルだ。 やっぱり、アウルだった。 海に還ったアウルが、いま、ステラの走る先にいる。 消えないで。いなくならないで。 アウルが消えないうちに、捕まえなくっちゃって……思って。 一生懸命走って、アウルの裾、つかんだ。 何時もつかんでいた青い軍服。 皺がなくて、いつも綺麗な服。 何時もつけていたペンダントも、やっぱりキラキラしていた。 アウルは何も言わなかった。 何時もなら、うるさいとか、なんだよ、とかいうのに。 黙ってじっとステラを見つめていて。 もう一度名前を呼んだら、帰れ……って冷たい声でアウルは、言った。 「ここはお前の来るところじゃない」 だってアウルは、いる。 アウル傍にいろって、前、言った。 アウルからした、約束だったのに。約束した、のに。 「忘れちゃったの?」 スティングがステラ、忘れちゃったように。 アウルは顔をしかめると、ステラから顔、そむけた。 「知るか。お前の顔見ているとムカムカする。とっとと消えていなくなれ」 「……や」 「あん?」 目だけ動かしてステラを見るアウル。とても怖くて冷たい。 まるでシンの事、聞いていたときのアウル。ううん、もっともっと怖かった。 「ステラ、ここにいる。アウル、やっと会えた、から……」 「僕は会いたくなかった!!」 大きな声でアウルが怒鳴った。 ステラを見ない横顔はくしゃくしゃ、だった。アウルの肩が、震えてた。 「帰れ!!ここは死んだやつが来るところだ!あれだけ死にたくないって言ってたくせになんでいるんだ?!なんで戻らねぇんだよっ?!」 ……アウル。 アウルはステラに皆のところ、戻れって言ってるんだ。でもステラ、来ちゃったよ。もう戻れないの。そしてね、ステラね……。 「戻れなくても、いい」 「お前が良くても僕はいやだ。なんでここまで来てお前のお守りなんだよ!」 アウル、やっぱりステラを、見ない。 一生懸命、見ないように、していた。 「嫌いだ!どっか行っちゃえよ!一人にしてくれ!」 「……じゃあ。じゃ、アウルは、どうしてここにいるの?」 アウル、誰かを待っているみたいに、ずっとずっといた……。ステラ、遠くからでも分かったよ。 「そ、それは」 アウルの唇が震えた。 ここに来たばかりの、ステラみたいに。 アウルの手を握った。 少し湿っていたけれど、暖かい手。 「会い、たかった、アウル。探して、たんだよ……?」 「知ってる!だから会いたくなかった!逢いたかったけれど逢いたくなかったんだよ!」 叫ぶように言葉、吐き出すと。 アウルは、やっとステラ、見てくれた。 怒っているふりしたアウルの、海と同じ蒼には……涙が溜まって、いた。 「ずっとこのまま逢えなければいいって……。逢えなければ、お前が生きてるってことだから……っ」 お前が先に行ってしまったと思ってここに来た。 でもお前はいなくて。 僕もスティングもお前を忘れていて助けにいけなくて。 逢う資格がないってそう思う事にした。 ここは日の沈まない地。 生と死の境界線。 ここを超えれば死者の国。 ステラが来た跡はなかった。向こうにもいなかった。だからここであえなければ、ステラは死んでいないという事。 例え会ったとしてもまだ引き返させる事が出来るって、だから待っていたつもりだった。 でも違う。本当は違った。 逢いたかったから待っていた。でもやっぱり生きていて欲しいともおもっていた。生きて欲しいと思っていた。 生きていて欲しいという願いとやっぱり自分の元へと来て欲しいという願い。相反する、ふたつの願いで苦しかった。 アウルはいっぱい言うと、少し黙ってまた言った。 アウルの声は……震えていた 「逢いたかった……逢いたくなかった……よ」 大好きな蒼からぼろぼろと、大きな涙の粒、こぼれていた。 泣いている。 アウルが、泣いている。何時も怒っていて威張っていたアウルが。意地っ張りアウルが。寂しがりやのアウルが。 泣いている。 「逢いたかったよ、アウル。ずっとずっと、一緒にいる」 アウルに抱きついて、顔をくっつけたら、アウルの涙がひやりとして冷たかった。 海の匂いとアウルの匂いが、した。 「一緒にいる……約束、したから。忘れた、って言わせないよ……?」 いつか、した、約束。覚えてる? 「忘れるか、バカ」 「うん」 「……逢いたかった」 「うん」 「逢えて、良かった」 「うん」 「お前に逢えて、良かった」 「……うん」 アウルの温かい腕が、ステラをぎゅって抱きしめてくれた。 やっと、帰れた。 ステラの……帰る場所に。 「ただいま」 小さくそう言うと。 懐かしい、たくさんの声が笑って。 「お帰り」 そう、ステラに応えてくれた、ような気が……した。 あとがき アウルとステラで20題、小さな約束とリンクしています。 昔、Liaの吹雪様のイラストをトップにさせて頂いたときの一言劇場が元になっています。 アウステ15のお題、1年半かかって完結です。ここまで読んでくださってありがとうございました!! |