キライ。
大キライ。













その言葉を口にしても耳にしても心は痛みます。
それでも心にもない言葉をつぶやいてみるのはあなたの反応が知りたいから。
欲しい言葉あるから。
そんなステラ(わたし)は嫌いですか?





























大キライ







































まだ甘い余韻の残る四肢を投げ出して天井を仰ぎ見る。
火照った体はほんのり汗ばんでいて、少し冷気を帯びた部屋の空気がステラにはとても心地良くかんじられた。
首筋から足の先まで散らばる紅い痕と同じものを残し、いまだ本来のリズムを取り戻していない胸の上に預けられている空色の頭。
手を伸ばして触れると春先に流れる水の音と同じ音をたて、指先から毛先が零れ落ちる。


大キライ。


天井を見上げたまま桜色の唇が微かな動きを見せ。
誰とも無くつぶやかれた言葉に水色が揺れて起き上がる気配を見せた。


「あ・・・・」


手放したくない感触が離れてしまった事にステラは哀しげな声をあげた。
暖かみが。
空の色が離れると、今度は海色がまっすぐに彼女を見下ろしていた。
海色の目を静かに瞬かせ、アウルは腕の下にいる少女を見つめていたが、やがてふっと笑い。
ステラの上に覆いかぶさると耳元でささやいた。


「キライ?」


彼の胸元から垂れ下がった銀のペンダントが揺れ、ステラの胸の上にひやりと触れる。
どこか揶揄を含んだ響きのある言葉にステラはそう、と返事を返した。
眉に少しかげりを見せてすねたように声を低くして。


「キライ?」


怒る素振りは無く、アウルは短く繰り返す。
口元に笑みを浮かべたままのアウルの反応を伺うようにステラは彼をじっと見つめた。
前なら怒るなり、すねるなりの反応を見せたのに、余裕さえ見せる少年にステラはやや不満を覚えていた。

貴方はわたしを好きでいてくれますか?

通じてしまえば、愛情とは薄れてしまうものだろうか。
恋の色は褪せていってしまうのだろうか。


キライ。
大嫌い。
心にない言葉を口にしたのはあなたの心を試したいからなのです。
貴方にその言葉を口にされたら私の胸はこんなにも痛むのというのに、貴方は違うのですか?


「キライ、ならもうお前に触らないよ?」
「え・・・・」


突き放される、とおびえて顔をゆがめたステラに口付けの雨が降る。甘い暖かみに酔いしれているところに耳元を熱い舌で舐めあげられ、ステラはたまらず声をあげた。
うっとりと恍惚とした表情のステラを満足そうに見下ろし、アウルはまたささやいた。


「キライ?」
「ちが・・・・う・・・・」


置いていかないで。
貴方が好きです。
傍にいて欲しいのです。


「アウル・・・・スキ」
「スキ?」


キライ、のときと変わらない響きでアウルはステラに応える。

それがまたとてもとても不安で・・・・怖い。
彼をとどめておきたくてもアウルに組しかれたままで彼女は身動きをとれず、不安に揺れる双眸を向ける事しか出来なかった。
それがなおステラを心細くさせ、涙さえにじんでくる。

「泣き虫ステラ」

思う以上にもろい少女に少し困ったように笑顔を崩し、アウルはステラの目もとの涙を優しく舐めとった。


「言わなくても分かってるだろぉ?」
「でも・・・・言って欲しい・・・・の」


すんと、鼻を鳴らすステラにアウルは決まりわるそうに視線をめぐらせて言葉を濁す。


「んん〜〜〜〜気が、向いたら」
「いつ?」


先ほどまで捨てられた子犬のような目をしていたくせに、打って変わって期待に満ちた眼差し。それがなお一層彼に言いにくくさせる。
元から素直にものを言える性分でもないのに、それを忘れているんだろうか。
分かっていないのだろうか。
大きな割合で後者がその可能性の方が高いとアウルは判断した。


「だから、気が向いたらって言ってるじゃん」
「今?」

ため息交じりのアウルにかまわず、ステラは答えを急かす。
頬をほんのり紅く染め、大きなすみれ色は彼の言葉を心待ちにして潤んでいた。


「・・・・僕の話きいてねーだろ、お前」
「・・・・・」
「あのな・・・・」
「・・・・・」


余計な口を挟むまいとひたすら言葉を待つ眼差しにアウルはとうとう根負けし。
恥ずかしさと照れくささで頬を火照らせながら、アウルは愛の言葉をささやいた。
彼が至極苦手とする恋情の言葉は真実をこめればこめるほどそれは重くのしかかって来るもの。

けれど。
それを愛恋する少女が受け止めてくれるのならば、僕は・・・・・。


「アウル、アイシテル!!ステラ、嬉しい」


信じられないくらいの勢いでステラはアウルの首に抱きつくと、アウルの唇に自分のを強く押し付けた。ひっくり返りそうになりながらもアウルは彼女を受け止め、また深く口付けを返した。


アイシテイル、の意味が分かるのだろうかと少年は疑問を感じていたけれど、少女の方は少年に愛されているという自信を持てて幸福そうに微笑んでいた。









大キライ。
口にするのも聞くのもとても痛いけれど。
それで貴方の心を知る事が出来れば、その痛みは大きな喜びとなるのです。































あとがき

画像はビオラというお花。花言葉は『私を想ってください』
あまりにも甘くて砂では無く、砂糖吐きそうです。時期的に言えばアウルとステラの20題『泡』の中盤からステラが飛び出すまでのお話。アウルとステラには本当に幸せになってもらいたい(もちろん兄さんも、ですが)。そんな気持ちをこめました。ここまで読んでくださってありがとうございました!