むかしむかし在る所に
幾重にも重なるバラの森に囲まれて
100年間眠り続けているお姫様がいました。








かのおとぎ話のように








こぽこぽ。
こぽこぽ。


水槽の熱帯魚が息を吐き出すたびに生まれる、無数の泡。
弾けては生まれ、弾けては生まれる音。
まるでシャボン玉のよう。




パラッ。
パラッ。



私のすぐ後ろでは雑誌のページをめくる音。
視界の片隅には無造作に投げ出された青い軍服が見える。
少し後ろを顧みようと思えば、軍服より淡い色の少年がベットに寝そべっているのがきっと見えることだろう。



ユラユラ。
ユラユラ。



淡い光の中で揺れる一匹の熱帯魚の傍らでネオからもらった絵本を私は読んでいる。
それはバラの森の中で100年間も眠り続けていたお姫様が
彼女を愛する王子様のキスによって目覚め、王子様と幸せになるというおとぎ話。
絵本の挿絵にあった眠るお姫様の寝顔がとても可愛くて
私は何度も何度もこのページを見ていた。

何故そんなに綺麗なの?
何故そんなに幸せそうなの?

本の中のお姫様に繰り返し問いかけても返事があるはずは無く。
一体どんな気持で100年も眠っていたのだろうかという疑問にとらわれた。そしてどんなにぐるぐると思考をめぐらせても答えが見つかるはずもなく、気付くと後ろのページをめくる音は規則正しい寝息へと変わっていた。
ゆっくりと振り向くと水色の少年が雑誌を広げたままの姿勢で身体を投げ出し、静かに肩を上下させているのが視界に入る。

「アウル?」


名を呼んでも当然、返事はない。


「アウル・・・?」


もう一度読んでみる。
やっぱり返事はなくて、彼がすっかり夢の中の住人だということが分かった。
足音を立てないよう、一歩一歩床を踏みしめて彼に近寄る。

気付かれないように。
気付かれないように。

彼の揺れるまつげ。
呼吸のリズム。
手足の筋肉の動きも身逃すまいと
仕草一つ一つに注意をして息を懲らして近づいていく。

そして最後に彼が眠っていることを確認すると手を伸ばして彼の蒼い髪に触れる。
さらさらと音を立てて指の隙間を流れ落ちてゆく蒼い糸。
風の音?
それとも水の音だろうか。
彼の髪の感触が。
毛先の流れる音が。
とても心地よくて繰り返し繰り返し、彼の髪をすく。

普段の彼は毛を逆立てた猫のように容易に触れさせてくれなくて、
こんな無防備なときでないとこうして触れられない、
私の秘かな楽しみ。

彼の顔をのぞき込むと長いまつげが影を落としていて
形の良い唇が僅かに開いて呼吸をしている。

無邪気な笑みを浮かべて眠る彼が可愛らしくて。
無防備に眠る彼が愛しくて。
彼はまるで眠り姫のよう。
深い眠りから目覚めさせてくれる人からのキスを夢見て
眠り続ける、かのおとぎ話のお姫様。
彼の呼吸を感じられるくらい近くに顔を寄せた。


口づけたら彼は起きるだろうか。
お姫様が王子様に微笑んだように彼も微笑んでくれるだろうか。
かのおとぎ話のように。


「何?襲おうっての?」

ふと。
何の前触れもなく、
眠っていたはずの彼がぱっちりと目を開けた。
蒼い空に私が映し出され、口元がつり上がる。

「・・10年早いっての」

不意を突かれて、私は慌てて体を起こすも
彼に軍服の端を捕まれ、前方に引っぱられた。
その引っ張られる力にあらがうことが出来ず、
彼の上に倒れ込むとそのまま白い腕が身体に巻き付いてくる。
腕を回したまま彼はクスクスと笑う。

「まあ、お前だったら襲われてやっても良かったけど」

顔を上げると見えるは悪戯っぽい光の瞬く空。
何を考えているか分からない空に私は違う、と弁解をする。

「襲おうと、したんじゃない・・・。アウル、眠り姫みたいだったから」

キスをしたら目覚めて笑ってくれると思ったからと。


お姫様、という言葉にアウルは僅かに眉をひそめたけれど、
その表情をすぐに元の笑みへと戻した。
その瞬間。

「・・・・?!」


軽い衝撃と共に視界がぐるりと逆転する。
気付くとアウルが上。私が下。
彼の肩越しに灰色の天井が見える。

「お姫様はこんな事しないだろぉ?」

クスクスと忍び笑いを漏らしながら
アウルが私の軍服の留め金を片手で器用に外してゆく。
身も心も彼に捕まった私はされるがまま。


絵本の最後でお姫様は王子様と幸せになったとあった。
でも本当は。
王子様がお姫様の心を掴んだのではなく、
捕まったのは王子様の方ではなかったのだろうか?


そうだとしたら私とアウルはかのおとぎ話のよう。











あとがき

揺りかごで眠るアウルの寝顔はとても愛らしかった。
まるでお姫様のようだと思ったのでテーマにしてみました。

5000ヒットの報告をしてくださった方のリクで、
ステアウ風味のアウステラブラブ。
精一杯頑張ってみました。
お気に召して頂けたら幸いです。
アウステラブラブ大好きなのでリク、嬉しかったです。
有り難うございました。
よろしければお持ちください。
ここまで読んでくださった方々も有り難うございました。