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最近シンが良く店に顔を見せる。

だが傍目から見ても機嫌が非常に悪い

彼が怒りっぽいのはいつものことだが、

ここ数日むっつりとした顔で店にやってくると

コーヒー一杯で何時間も居座ったあげく、

何も言わずに帰ってゆく。


アウルは何かあったのかねぇ、と最初はほうっておいたのだが、

ここ何日も続くと流石に気になってくる。

おまけにステラまでが気にしだした。

・・・アウルにとってはシンなんかよりむしろそっちの方が重要だったりする。



そして今日もシンはやってきた。

眉間にしっかりと皺を刻み込んで。









After the War

第6話

ケンカをするほど何とやら











「はーい、お客様ぁ、ご注文は?」

「・・ブレンド」


精一杯の嫌みを声に込めてお冷やをドンとおいたアウルに

シンはムッツリとそれだけ言って窓の方へと視線を向ける。

そんな彼に苛立ったアウルはついつい声をかけてしまった。


「おい」

「・・なんだよ」

「なんだよ、じゃねぇよ。

ここんとこずっと不機嫌な面下げきたあげく

何時間も居座りやがって。

何かあったのかよ」


だが彼を拒むようにシンは一向に窓から視線を外そうとしない。


「なんでもないよ。客だから別にいいじゃないか」

「あっそ」


もともとアウルはシンが嫌いだ。

戦中、自分を堕としたパイロット。

ステラが懐いている男。

おまけにアウルが母と慕うカガリの天敵だ。

仲が好いはずがない。

こんな態度の悪いヤツにかまいたくもねぇやと

さっさとカウンターに戻ろうとするところを

袖を引っぱられ、つんのめりそうになる。

てめ何しやがると、と振り返ると、

自分を見上げる紅い瞳とぶつかった。


「………やっぱ日替わり」

「へいいへい。飲みモンはコーヒーで好いかよ」

「・・・・二つ。飲み物はアイスコーヒー」

「はあ?」


シンの注文にアウルは眉をひそめた。

日替わりランチセットはここの名物であり、サービスだ。

港で働く作業員達やサラリーマン達のためにと量はかなり多い。

そして大食漢のアウルはともかく、シンはどちらかと言えば普通だ。

そのランチセットを二つとは考えても食べ切れそうにない。


「余計な世話かもんしんないけどよ、結構量在るんだぜ?」

「一つはお前の分」

「はあ?」

「おごってやるからつきあえよ」


思いもよらない言葉にアウルはぽかんとした。

先ほど述べたようにアウルはシンが嫌いだ。

シンもまた同様だったりする。

犬猿の中であるはずの彼が昼食のお誘いとは。

頭か、何処かが悪いのか。

それとも何かたくらみでもあるのか。

どっちにしろ、アウルにはつきあう気などさらさら無い。


「アホか。僕は暇じゃねぇんだよ」


バッサリとそう切り捨て、さっさと席を離れようとすると

事の成り行きを見ていたスティングがシンに助け船を出した。


「店のことは俺とステラ、キラに任せてつきあってやれ」

「おい、スティング・・・」


何を馬鹿なことをと彼の唇が言葉を紡ぐ前に

いつものように店に来ていたキラが声を上げる。


「え〜、僕もなの?」

「たまには好いだろう?」

「はは、分かったよ。接客は任せてよ、アウル」


仕方ないなぁ、とクスクス笑いながら

キラはスティングからエプロンを受け取る。

自分の仕事を取られ、口をぱくぱくさせるアウルに

今度はステラが声をかけた。


「大丈夫。だからシンにつきあってあげて」

「・・・む〜」


ステラにまでそう言われたらもう断れない。

アウルは仕方なくシンにつき合う事にした。



「ランチセットぐらいで僕につきあわせようなんてムシが良すぎンだよ」


アウルがぶつくさ文句をたれながら向かいの席に乱暴に身を投げ出すと

シンが決まり悪そうにメニューを彼に寄越して告げる。


「う〜、分かったよ。好きに頼めべばいいじゃないか」

「おっ、太っ腹じゃん。え〜とスティング〜、オムハヤシとメープルカフェラッテに

フレッシュミントアイスティー。ゴーヤ和風サラダ追加ね〜」


現金な事に、その言葉にすっかり機嫌を良くしたアウルが片っ端から

メニューを追加すると、今度はシンが不満の声を上げる。


「ちょ、調子にのりやがって〜。てめ、全部食えよ!」

「ハッハー、ご心配なく」


アウルはこれでもこれでも手加減をしてやってるつもりなのだ。

その気になればメニューを片端から注文して平らげることが出来る。

ただしその後しばらく寝込むことになるが、シンを本気で困らせるつもりなら

彼は多分やってのけるだろう。

とは言ってもここは基本的に客の要望を聞いてメニューが決まるのだから

存在するメニューは少ないのだが。



「・・で何だよ、話って」

「え?」


前菜というべきサラダをつっつきながらアウルが問うと、

シンは先ほどからかき回していたスープ皿から顔を上げた。


「僕をつき合わせるからには何かあんだろぉ?」

「・・ん・・・。そ・・だけど・・」

「おい。まずは食え。さっきからかき回してばっかじゃん」


珍しく歯切れの悪いシンにイライラとしながらも

アウルは彼に食事を促した。

先ほどからシンはスープをかき回すだけで

一向に口に運ぶことをしなかったからだ。


食いモンは粗末にしない。

腹が減っては戦は出来ぬ。


それがアウルの持論だ。

食事を促されたシンがようやくスープを口に運ぶのを見届けると、

アウルもまた食事を再開した。

胃の中に少しでも食べ物が入ったおかげか、

空腹の感覚が戻ったらしく、シンの食事も同様に減っていった。

しばらくは食事をする音だけがその場に響く。



「・・・でなんかあったのかよ?」


食事が大分進んだ頃、アウルが話題を切り出すと

シンは自分の前のアイスコーヒーに視線を向けたままつぶやいた。


「なあ、お前さ、ステラと何処まで行った?」

「はあ?」


その言葉の意味が分からないほどアウルは無垢ではない。

馬鹿にしたように鼻を鳴らし、メープルカフェラッテを飲むと、再び口を開いた。


「お前みたいなガキとは違うんだよ」

「・・・ガキで悪かったな!」


ホークを握ったままドンとテーブルを叩き、憤るシンにアウルは口端をつり上げる。

大きな猫目のマリンブルーを細め、あたかも面白いおもちゃを見つけたような表情になる。


「でなに?ルナの手もまだ握ってないって?シンちゃんは?」

「ふざけんなっ!!ちゃんとキスまではいったんだ!!」


ぷっつんという音共にシンは真っ赤になってテーブルから身を乗り出して怒鳴った。

途端、店中の視線が一斉に彼に集中する。

突き刺さるような視線を受け、周囲に小さく謝りながらシンは再び席に着いた。

そして声を殺して爆笑するアウルを苦々しく見やりながら、

手にしたホークを勢いよくエビフライに突き刺して口へと運ぶ。

エビのしっぽごと口に入れながら

彼は相談する人選を誤ったことをつくづく後悔した。


ルナとはご存じ、ルナマリア・ホークのことである。

女性でありながらの赤服のエリートであるにも関わらず、面倒見が良く

戦時中深紅のザクやインパルスを駆り、シン達と共に戦った。

そして数々の悲劇によって精神的に追いつめられたシンを

献身的に介護し、救ってくれた女性だった。

その彼女に惹かれたシンはその後幾度となくアプローチを試みものの、

玉砕し続け、最終決戦前に何とか条件付きで彼氏の座を手にしたのだ。

あれから2年。

ようやくその条件付きから抜け出せたと思っていたシンだったのだが、

とある事件でルナと大ゲンカをしてしまったのだ。

レイに相談するにも彼はシン以上にそういう事に疎かった。

彼はようやくこの間メイリンの手を握ったばかりで

それも彼女の方から握ってきたそうである。

1年近くつき合ってそうかよ、とシンは正直呆れると同時に

彼の相談事にレイは全くあてにならないことを悟った。

ヴィーノは未だ恋に恋する少年のままだし、

ヨウランには初めから婚約者がいた。

歳が近くて話が分かりそうなの・・と白羽の矢が立ったのがアウルだったのだ。


「そういやぁ、『条件付き』はどうなったんだよ?」


アウルの言葉にシンは危うく、口の中のフライを吹きそうになった。

鼻の奥に多少の刺激を感じつつ、必死にフライを飲み込むと大きく息を吐き出した。


「なななな、なんでんな事知ってるんだよ?」

「ルナがそう言っていたってステラから聞いた」

「う゛・・・・」


不覚。

シンは思わず頭を抱え込んでしまった。

ルナマリアとステラは仲の良い親友同士だ。

アウルに話が筒抜けになるのは至極当然といえた。


何かどんどん墓穴掘ってないか、俺?


そう思いはしたもののここは黙っても仕方ないとシンは判断する。

突っつかれて更に墓穴を掘るよりさっさと吐いてしまえ、という

心の声に従い、仕方なくシンは口を開いた。


「『大人の男になったら正式に彼氏に昇格』だって言ってたけれど」

「じゃだめだね。ざんねんっ」

「うるせぇっ!!キスまでいったんだ!」


再び店中の視線をあび、シンはまた小さく謝りながら席に着いた。


「なんかヒートアップしてるね」


接客をしながら様子を見ていたキラがそう囁くと、

スティングは困ったように溜め息をついた。


「ああ。・・大丈夫かよ、アイツら。頼むから乱闘は外でやってくれよ」




「何でそう熱くなるかなぁ、シンちゃんはぁ」

「てめぇが」


けらけら笑うアウルに危うく怒鳴りそうになるのをこらえながら

シンは声を押し殺してささやいた。


「・・もうそれは好いよ。本題」

「へいへい」

「このあいださ、ルナと二人きりの旅行に行ったんだ」

「へえ。大したモンじゃん」


シンの言葉にアウルは素直に感心すると、シンは少し誇らしげに紅いザクロを輝かせた。


「だろ?普通二人きりなんてそうそうOKしないよなっ」

「はいはい、続けて」

「2泊3日目だったんだ。一緒にハイキングしたり、ボートになったり。

すっげー雰囲気が良かったんだぜ」


その日を思い出すように顔をほころばせるシンに

アウルはこいつも可愛いトコあるんじゃんと感想を持った。

考えてみれば凄腕のパイロットとは言え、シンは18になったばかりの青年なのだ。

しかも自分より1コ下だことを今更ながらアウルは思い出した。

彼の沈黙に安心したのか、シンは続ける。


「でさ、最後の夜。結構親密になったし、2年目だろ?

これはチャンスだと思ってさ・・。その・・」


口ごもって最後の言葉を言えないでいるシンにアウルが助け船を出してやる。


「んでうまくいったの?」

「それが・・・いやだって」


・・失敗だったワケね。


うつむいたままぼそりと漏らすシンにアウルは少し同情を覚えた。


「だってさ、二人っきりで過ごしたんだよ!?おんなじ部屋でさっ!?

普通そうだろ、なあ?」


同意を求めるように身を乗り出すシンを牽制しながら、

同じ部屋で、と言う事実にいささか愕いたアウルは確認するようにくり返す。


「同じ部屋ぁ?最初の日は何もしなかったのかよ」

「うん。流石に初日はまずいだろうって思ったから」

「・・・ありえね」


自分だったらさっさと迫ってる。

その時アウルの脳裏にステラがシンと出会ったきっかけとなった2年前の海でのことがかすめた。

互いに裸で服を乾かし、救助が来るまで二人きりで過ごしていたという。

裸のステラがシンの側にいても無事だったのも分かるような気がした。


「まだ早いって・・。なるべくなら結婚の後が良いって・・・」

「うっそ」


流石のアウルも愕き表情を隠せずいると、

シンはますますヒートアップしていった。

紅い瞳を爛々と光らせ、鼻息も荒げに抗議の声を上げる。


「だろっ!?今時ありえねーだろっ!」

「んで大げんか」

「うん・・。ここ10日近く口聞いてない」


そう言ったきり、シンはがっくり肩を落とし黙り込んでしまった。

カラン、と彼の手元にあったアイスコーヒーの氷が溶ける音が沈黙の空気を振るわせる。

アウルはこの時初めて彼のために何かをしてやるれることはないか考えた。




その夜。

風呂から上がったアウルは牛乳を片手にスティングに昼間のことをはなすと

大げさに肩をすくめてみせた。


「根性ナイと言ったらそうだけどさ。アイツもカワイソー。

2年も待つくらいだったら、さっさとモノにしておけば良かったんだ」

「アホか。だからフラレたんじゃねぇのか」


店じまいをし、掃除をしていたスティングが

お前とは違うんだと顔をしかめる。


「・・・・・そういうもん?」

「そういうもんだろ、ふつう。良くわかんねぇけどよ」

「彼女のいない弱冠20歳には分かりませんか。やっぱ」

「悪かったな」


アウルは牛乳を飲み干すと何かをずっと考えていたが、

やがてスティングの方へと向き直った。


「アイツらを仲直りさせたい」

「シンとルナをか?」

「うん。だからさ、明日、二人分の用意してよ。

『紅』のメニュー」

「・・了解」


掃除の手を止め、スティングはなにやら嬉しそうに金色の瞳を細めた。

そしてぽつりとつぶやく。


「おまえさ・・、やっぱかわったな」

「あ?」

「もう自分の事で手一杯だったお前じゃねぇんだな」

「・・わけわかんね」

「いや、いい」

「?」


頭の上に疑問符を浮かべる水色の少年に

スティングは微笑んで掃除を再開させると、

少年の要望に頷いて了承の意志を見せた。


「・・いいさ。分かったよ。準備しておく」

「わりぃ」


そう言うとアウルはやがて喫茶店の奥にある居住敷地へと向かった。

そしてドアを開けながら、店に残っているスティングに声をかける。


「・・もう寝るわ。明日ちょっと準備することあっから」

「おやすみ」

「あんまり遅くまで起きてんなよ、明日もあんだからさ」

「お前もな」




アウルが自分の部屋の戻る途中、

ちょうど風呂場から出てきたステラと出会った。


「アウル・・寝る?」

「ん・・」


当たり前のように自分の部屋に入っていくステラを

彼女の肩越しに抱きしめると、アウルは彼女の首筋に顔を埋めた。

彼女の体温とにおいは彼をとても安心させる。

それは今も昔も変わらない。


「お前はいつだって僕を受け入れてくれたモンな」


ロドニア時代、そしてファンタム・ペインに移った後も

彼女の同意どころか、気が向くまま犯していた自分。

だがステラは自分を責めるわけでもなく、受け止めてくれていた。

そして自分はそんな彼女にどれだけ救われたのか。

シンもルナに救われたと言っていた。

彼にとってルナはアウルのステラ同様大事な存在なのだろう。

そう思うとシンのことは何となく放っておけなかった。

・・自分はこう考えるようなったのか、信じらんねとアウルは苦笑した。

ステラはそんなアウルを不思議そうに見上げている。



「・・アウル、どうしたの」


「・・ん。シンとルナを仲直りさせっから明日ルナを呼んでくれよ。

スティングに『紅』のメニューたのんどいた」

「うん、分かった。仲直り、できるといいね・・」

「だね・・。・・ねよっか、ステラ。」

「・・うん」



翌日。




「やっほーっ!!き・たわ・よっ!!お昼おごってくれるって、ホント?」

「あ、きた・・。いらっしゃい、ルナ」


示された定刻通り、喫茶店に姿を現したルナマリアをステラが出迎えた。

ルナマリアの少し胸元の開いたブラウスに紅いミニスカートがとてもまぶしい。

そして彼女の胸元にはハウメアのペンダントが覗いていた。

その石に気付いたアウルが胸元を指さして問うた。


「それ、ハウメアの石?」

「へー、分かるのこの石?」

「母さんも持ってたからさ。オーブの守り石で結構高価なんだぜ」

「守り石?」

「そ。身につける者を守ってくれる、霊石」

「そう・・なんだ」

ルナはそう言うと大事SPウニ胸元の石に触れた。

その瞳にはその石に対する慈しみが見てと取れることから

彼女がいかにそれを大事にしているかが分かった


「綺麗・・・。誰からもらったの?」


うっとりとして問うステラにルナマリアは複雑な顔で宙を仰いだ。


「・・忘れたわ」


だが、アウルには彼女の様子からこの石の贈り手はシンだな、と言うことが容易に受け取れた。

シンは元々オーブ出身だ。この石のことを知っていて不思議はない。

シンの贈り物を大事にしていることからまだ脈有りと判断した彼は、

試みを成功させるべく、ルナマリアに気付かれないようスティングとステラにゴーサインを出した。


「ここの席です」


ステラに案内された席を見てルナマリアは濃いブルーの瞳を喜びに輝かせた。

彼女のために用意された席は彼女のパーソナルカラーである

紅い色で統一されたテーブルセッティングがされていた。

紅いテーブルクロスに。紅いナプキン。

ぴかぴかに磨かれたワイングラスには紅いマーガレットが

紅いリボンと共に巻かれていた。

そして中央には真っ赤なバラが生けてあり、

角砂糖の入ったルビーレッドの切子グラスがその足元に台座している。

喜びに瞳を輝かせていたルナだったが、

ルナはその席の不自然さに気付くと、アウル達の方を見やった。


「・・あれ、二人分・・。誰か来るの?」


彼女のいったとおり、席には二人分のセッティングがされていた。


「ん。悪いけど、今日は相席で」


アウルは頷くと、椅子をひき、ルナマリアに座るよう促す。


「・・て店に他に誰もいないじゃない」


不審に思いつつもルナは促されるまま座り、青い瞳を店内に走らせた。

ルナマリアの言うとおり、いつもはにぎわっている喫茶店には

彼女と店の3人しかいなかった。

いつもカウンターにいるキラの姿さえない。


「他の席は今日使わないんだ。悪いな」


スティングはそう言うカウンターに戻って準備を始めた。

まもなく炒める軽快な音ともにオリーブオイルとニンニクの香ばしい香りが立ちこめる。

スパイシーな香りもすることから赤唐辛子やアンチョビーも入っているのだろう。

その食欲のそそる香りに触発され、食べ物を求めて早速ルナマリアの胃が活動を始める。

そうなると彼女の関心がメニューの方へと自然と向けられた。


「ね、ステラ。何をごちそうしてくれるの?」

「・・・秘密」

「むー」


桜色の口元に指を当てて柔らかく微笑むステラに

ルナマリアはふくれてみせるが、それも彼女には通用しない。

諦めて自分の向かいの席に視線を戻した。

向かいの客人はまだ姿を見せない。


「ね、相方はまだ?」

「もう来るはず。遅刻したらただじゃおかないと言っておいたから」


アウルの言葉にあら、とルナマリアは首をかしげた。

言葉の調子からして彼の知り合い。

それも身近な。

ふと一人の人物が思い浮かんだが、

彼女はその考えをすぐ打ち消すように紅いショートの頭を振った。





あの甲斐性なしが来るわけない。

あのとき以来ろくに口も聞かない。

意気地なし。

ちょっと拒んでもあと一歩押すぐらいの強さを持てばいいのに。

無理強いはさすがにだめだけど、はいそうですか、とあっさり引き下がっちゃって。

しかも「ごめん」ってあやまってくれちゃって。

弱虫。

俺が信じられないのって安心させてくれればいいのに。

あれ以来話もしない。

あの・・・馬鹿。

何よ、馬鹿。

ばか・・っ・・。


ルナマリアは次第に腹の底から怒りがわき起こると同時に

胸に押し寄せてくる悲しみの波に呑まれるまいと

歯を食いしばった。


「あの馬鹿っ!!いつまでたってもガキで!!

成長してないじゃないっ!あんなヤツ、こっちから願い下げよっ!!」

「ごめん、ルナ捨てないで」

「うるさいわね!だったらもっとしゃきっとしなさいよ!

安心させてよ!好きって言ってよ!2年前言ったきりじゃない!」

「俺、ルナの事好きだよ。誰よりも」

「そう言う風に何で言ってくれ・・って。・・シン・・?」


我に返ると向かいの席の見慣れた紅い瞳とかち合った。

いつの間にか席に着いていたのか。

ルナは向かいに座る。今考えていた人物の姿に目見張った。

何か言おうと口を開いたが、肝心の唇が震えて言葉にならない。

向かいに座っているのはまちがいなくシンだった。

パーカーにジーンズ姿のシンは走ってきたのか、息が乱れ、額に汗が浮かんでいた。


「3分おーくれーてる。ただじゃおかないって言ったはずだけど?」


口端をつり上げ、腕組みをして席に着いた自分を見おろすアウルに

シンは負けじと怒鳴った。


「うるさいな!3分くらいまけろよ!」

「理由によるな」


そう言ったのはスティング。

口元に笑みを浮かべ、料理の仕上げに掛かっている。

シンの前にお冷やを置いたステラまで遅刻はだめ、と怒ると

シンはすまなそうに、ごめんとつぶやいた。


「・・花、選んでたらさ、時間掛かっちゃって・・」

「はな・・?」

「うん・・」


そう言ってシンが取り出したのは真っ赤なチューリップだった。

一体何本在るのか。

両手で抱え切れないほどのチューリップ。


「こんなに・・・」


その重みを受け取りながらルナマリアはチューリップを見て、またシンを見た。

こんなに沢山のチューリップ。

ここまで来るのはさぞかし大変だったに違いない。

一体どんな思いでここまで来たのだろうか、シンは。

そう思うと胸がいっぱいになって言葉がうまく出てこなかった。


「店にあった紅いチューリップ、全部買い占めた。

さすがに重くってさ・・」

「馬鹿じゃないの、あんた」

「う、うるさいな」


子供のように口をとがらせてそっぽを向くシン。

慣れないことをして照れくさいのか耳まで真っ赤に染まっていた。

ルナマリアは溢れそうな涙をこらえるのが精一杯でそんな彼に対して出てくる言葉は憎まれ口だけ。

彼女ははそんな自分がとてももどかしく、腕の中のチューリップを抱きしめた。

アウルはチューリップの束に納得がいかないように首をかしげてた。


「愛の告白だったらさ、バラとかじゃない、フツー」

「それじゃ、芸がないじゃないか。

花言葉だってネットでちゃんと調べたんだ」

「へえ、なんての?」

「『永遠の愛』『真面目な愛』」


アウルに応えるようにステラがぽつりとつぶやくと

その言葉を受けてシンが続ける。


「それだけじゃないんだ、ルナ」

「な、なによ」



シンは心の準備をするかのように大きく息を吸うと、

真剣にルナマリアの瞳を捉えて言った。


「愛の宣言ってのもあるんだ。

ルナ、俺。ルナのことが好きだ」

「ちょっと。大きいわよ、声」


人前で大声で言われて流石に照れるルナだったが、シンはお構いなしに続ける。



「何度でも言う。好きだ、ルナ。俺を捨てないで」

「・・ばか・・はずかしいじゃない」


頬を真っ赤に染めて、チューリップで顔を隠すルナに

シンはまたくり返す。


「捨てないで」

「う〜」


困り果てるルナを愛らしいと思ったのか、

シンは紅い瞳を細めた。

そして2年前にも言ったとも思われるセリフを口にする。


「俺、結構しぶといよ。絶対に諦めないから」

「・・あっさり引き下がったくせに」


拗ねてみせる紅い少女にシンは困ったように微笑んだ。

それは気を許した者にしか見せない、幼い純粋な笑み。


「俺、ルナを失いたくなかった。

そのさ・・女の子とつきあったことなかったからさ、

どうしたらいいか分からなかった。

女の子って意識したのは・・ルナくらいだったし」

「あら、ステラは?」


少し意地悪く言う少女にシンは照れくさそうに頭をかき、

昔を思い出すようその紅い瞳で遠くを見ていた。


「・・妹、だった。

ステラは純粋でマユを守れなかったから、

その分まもろって。

ルナは・・・初めて一人の女の子として守りたかった。

ルナは気丈で面倒見が良くって。

赤服ということでいつも気を張っていて・・。

俺たちと一緒に戦っていたけど。

本当は守らなければいけない女の子なのになって」

いったん言葉を切ると愛おしげにルナを見た。

そんな彼に胸を高鳴らせたルナは自分の心臓の音を悟られまいとうつむく。


「ルナ、俺は君に救われた。

君がいたから今の俺がいる。

・・愛してる。

やり直せないんだったら、また君を振り向かせてみせる」

「馬鹿・・。言うの、遅いわよ。

一人悩んでたあたしが馬鹿みたいじゃない」


とうとう涙ぐんだルナにシンは手を伸ばし彼女の髪を撫でた。

そしてルナマリアが愛おしくてたまらないという瞳でごめん、好きだよ、とくり返す。


「あんたって馬鹿よ」

「ごめん・・」

「ホント、馬鹿なんだから」

「うん・・」



「何とかうまくいったようだな」


ほっとしたようにスティングがつぶやくと、

アウルは口端を持ち上げ、カウンターに寄りかかると

今朝シンに電話したことをスティングとステラに話した。

店を一日貸し切りでセッティングしてルナマリアを

呼び出すから、花持って指定された時間に来るよう、

指示したのだと言う。






「あの馬鹿、頑張ったみたいだね。

朝電話かけた時はまだどんより暗くてどうしようと思ったけど・・・」


その時のシンを想像してアウルはクスクスと笑いを漏らす。


「遅刻代と貸し切り代はチャラにしてやろうか、スティング?」

「・・取るつもりだったのかよ?」

「場合によっちゃ・・ね」


アウルは呆れるスティングに悪戯っぽく舌を出してみせると

できあがったスープとサラダ、メインを運ぼうと盆を取り出す。

そして傍らのステラに給仕を手伝うように声をかけると、

手を握り合う若いカップルのテーブルへと向かった。









あとがき

1000hitリクの透子さまからの
アウステシンルナリクでした。長くなってすみません。
初めてのシンルナでした。アウステが弱くなってすみません。
駄文ですが、よろしければお持ちください。
リク、有り難うございました。

題名は2つの意味があってシンルナは
もちろんですが、シンアウ(アウシン)の意味もあります。
ここまでよんでくださり、有り難うございました!

ちなみに

メニューは

たこと里芋のイタリア風お総菜
ルッコラのパスタサラダ
トマトクリームスープ
ニンジン入りパン
ワインゼリーのワインソースがけ

でした。
見た目は全部「紅」です。